少女に聞いた。
「貴方のお名前は……?」
「凛羽(りふ)です」
「有り難う御坐います。凛羽さん」
「彼に名前を入れて貰うのをお忘れなく」
手形を玲羽に渡すと、裏に玲羽の名が入って、今度は僕の手元に戻つてきた。
「を客さんはまだ生きてゐますからね。
其れは死んだ時に僕に渡して貰はなきやいけません。
人間何時死ぬか分かりませんからね、肌身離さづ持つてゐて下さいよ」
なるほど、と頷いた。
続けて凛羽が口を割つた。
「貴方から頂いた萬年筆で、もう一人分の通行約束手形が作れますよ。
作らないでも結構ですが、差分はお返し出來ません」
とすれば其れは誰の爲に作るべきだらうか。母上か、榎夲先生か……。
一番初めに思ひ浮かんだのは其の二人だつた。
しかし、選ぶとなると僕にはどちらも選べない。
いつそ美咲ちゃんは如何だらう。
しかし幼い美咲ちやんが僕の言ふことを聞いて此の手形を後生大亊に身に着けて呉れるとは思へなかつた。
彼是考へてゐると、僕はもう一人の不幸な死を遂げた人のことを思ひ出した。
「林眞人さんを、お願いします」
「其の方はお知り合いではありませんね?」
「お會いしたことはないんですが……」
凛羽は説明した。
「お互いの面識がない場合だと、少し餘分にお代を頂かなくてはなりません」
さう言ふものなのかと思い、其れならと帽子を差し出してみた。
今度は其れを受取つて、凛羽は手形を作つて呉れた。
其れを玲羽に渡し乍ら、林さんは如何那(どんな)人だつたのだらうかと考へた。
薫子の絡操人形は其れは素晴らしい出來だつた。
彼那恐ろしいことがなければ、僕はあの人形を芸術作品として大いに楽しめたに違いなかつた。
きつと繊細で優美な美意識の持ち主だつたことだらう。
其那ことを考へてゐると、玲羽はもう手形を胸に仕舞い込んでゐた。
「を客さんが次に此の川を渡る時、此の林眞人が如何那人だかお聞かせしませう」
「さうですね。お願いします」



