叔父様の味方はもう美咲しかいないのだ、とそう自分に言い聞かせた。
美咲のほかにはもう誰も和樹の生存を信じてはいない。
何をするでもないのだが、そんな叔父への情慕と責任感から、叔父の大切にしていたものをあの愚かしい人たちから守ってやらねばという気持ちになった。
己の無力に打ちひしがれた人間が、鬱屈していた有り余るエナジィを注ぐ先を見つけたように、美咲は決心ひしとした。
そうだわ。
叔父様が戻って来られた時、書き物の資料や何かがなくなっていたらきっとお困りになるわ。
あの人たちは、叔父様の書き物を一つも認めておられなかったもの。
きっと塵(ちり)と一緒に庭で焼いてしまうに違いないわ。
そんな理由を見つけて、叔父の部屋を誰よりも先に検める口実を作った。
美咲がこの部屋に入るのは、実に四年振りだ。
煌めく障子戸は、まるで別世界への入り口のように見えた。
和樹叔父の全てがここにある。そして美咲の過去がここにある。
逸(はや)る気持ちを抑えつつ息を改め、その障子に手をかけた。
埃の匂いがした。
手近な処にある積まれた資料や本は埃を払われているが、手の届かぬ高い処や狭い処は、流石に億劫(おっくう)と見えて埃が雪のように積もっている。
主を失った部屋は、何んとも侘びしい。
物悲しい。
和樹は十代の頃、榎本(えのもと)玄(げん)明(めい)と言う有名な小説家の書生をしていた。
故郷から送り出された日には、新人賞の一つや二つ獲って錦を飾ってくれるに違いない。
などと囃(はや)し立てられたものの、榎本氏の目掛けの甲斐なくちっとも芽が出ないで、暇を貰っては色んな所を歩いて回っていた。
その内榎本先生の処を辞めて、渡邊本家近くのこの小林家に厄介になった。それが七年前だ。
その時美咲はまだ六歳か七歳で、こちらも本家近くの一軒家に住んでいた。
父の仕事の都合で東京へ引越してしまう九つの年まで、美咲は叔父のいるこの家によく遊びに来たものだった。
当時の和樹は姪の目から見ても、いや町中の誰に聞いても、それは稀有(けう)な美青年だった。



