【叔父様ノ覚エ書】~叔父様の書物をこっそりと読みましたら、叔父様が殺されたらしいとわかりました。お可哀想な叔父様。待っていてくださいね。美咲がきっと助けて差し上げます…~

 


 


 少女が頸を振つた。



「いいえ、お代はお金では頂きません。珠も今は使へません」

「其れなら何を……」



 少女の指が僕の手元を指さした。



「其の手袋、想ひ出が詰まつてゐますね。其れを頂きませう」



 忍さんの手袋だ。とつさに躊躇(ためら)はれた。

 だつて、此れは忍さんの形見だ。其れもヴアイオリニストである忍さんの指が通つた手袋なのだ。

 自在に美しい旋律を紡ぎ出す音楽家の命がこれに触れていたのだ。



「想ひ出が深い品程價値(かち)が有るのです。

 其れなら一人分の通行約束手形になりますよ」



 其れでもなかなか手袋を渡せなかつた。

 ヴアイオリンの弦を押さへる忍さんの繊細な指先。

 身體中から溢れ出す旋律。

 僕は今でも目の前に其の場面が起こつてゐるかのやうに思ひ出せる。



「此處では想ひ出がお代の代はりになります。

 其那に悲観することはありませんよ。

 想ひ出の品物は消へても、想ひ出其のものは貴方の中に殘るのですから」



 僕は其れを聞くと、確かにさうだと思つた。

 想ひの所在と言ふのは、確かには僕自身に有るのだ。

 少女に手袋を渡した。



 手袋を受け取つた少女は袂(たもと)から二寸程の厚紙に赤い紐が通されたものを取り出して、其處に筆ですらすらと何かを書いた。

 差し出されたものを見ると、其處には――依田賢治、行き先天――と書かれてゐた。



「其れを彼に渡して名前を書いて貰つて下さい。

 其れで依田賢治は間違ひなく彼が迎へに行き、此の川を通つて天迄送り届けられます」



 言はれた通りに其れを橋渡しの少年に渡した。

 少年は裏面に自分の筆で矢張りすらすらと名前を書いた。

 彼の名前は玲羽(れふ)と言ふらしい。

 確認して僕は頭を下げた。



「宜しくお願いします。玲羽君」

「然るべく」