其れから約二カ月後、僕はY縣にゐた。
阪西新聞を讀むのが日課になつてゐる。
其の日も宿の側にあるいつもの喫茶店でカウヒイを頼んだ。
喫茶店の通りには書店があつて、僕にとつてはなかなか都合が良かつた。
其の日も一面から隈なく檢(あらた)めた。
何時もはじつくりと文字を追つていくのだけど、此の時は見出しのほうから目に飛び込んできた。
新聞の片隅の記亊を見て、金縛りのやうに動けなくなつた。
――ヴアイオリニスト戸尾江忍氏、行方知れず。
一カ月以上足取り掴めず。警察依然聞込みを続く。
冬も間近だと言ふのに、僕の脇の下は急に潤い出した。
頸筋が凍り附いたやうに寒い。
心を落ち着かせやうと慌ててカウヒイを飮んだけれど、ちつとも味が分からない。
氣附くと新聞紙はくしやくしやになつて、僕の手の握つた處は湿つてゐた。
ぢんぢんと痛い頭を抱えて店を出た。
足早にホテルへ戻る道を行く。
最惡な想像が篝(かがり)火(び)のやうに脳裏にちらついた。
だけど、嗚呼、僕に何が出來ると言ふのだらう。
道すがらに書店がある。
僕の目はまるで引き寄せられるかのやうに一冊の夲に注目した。
此れは何の偶然だらうか。
ぞくぞくと厭なものに迫られて雑誌を手に取つた。



