僕は目を丸くした。
忍さんの方が一枚上手だつた。
「ぢやあ……如何して……僕を信ぢて呉れたんですか?」
また彼(あ)の雪解けのやうな笑みを浮かべた。
「如何してつて……、君が僕を死なせたくない、夲氣で言つて呉れたからさ。
僕は幽靈何て信ぢない性質だが、君の言葉は信ぢる」
其れで十分だ。いろいろ思ふ処はあつたけど、其の一言で滿たされた。
ほつとして僕も笑つた。
忍さんが懷中時計を取り出した。
「やあ、不味い。そろそろ夜行が出る時間だぞ。
其の着物は此處で脱いで君の着物に着替へて行くと良い。
君の着物は彼らは一度も見たことがないからね。
嗚呼、俺の着物も持つて行くといい。
如何せ俺が持つてゐたつてもう着れやしない。
其れから此の帽子と手袋をして行くのだ。
其の手の痣は目立つし、君の面差しは其れ以上に目立つからね」
何時かのやうに忍さんは手早く僕の準備を手傳うと、あれよと言ふ間に宿から送り出して呉れた。
「だうか無理はしないで下さい。
何も忍さんがやらなくとも、警察に話せば……」
「いや何、僕は此れでも首尾良く立ち囘(まわ)るのが得意な方さ。
新聞を毎日確認して呉れよ。
亊件解決の協力者として僕の名も載るかも知れない。
さあ、氣を附けて行くのだ。また會(あ)ほう、和樹君」
「如何かお元氣で。何から何迄有り難う御坐いました」
忍さんのグレイの帽子を目深に被ると、小走りに驛(えき)へ向かつた。
そして其の僅か二十分後に僕はK驛を出發してゐた。



