忍さんが僕に顏を近づけて來た。
焦った。
やめてくれと叫び乍ら頸を左右に振つた。
其れでも忍さんの顏はどんどん近附いて來る。
思はづ僕は目を堅くぎゆつと閉ぢて、口を結んで横を向いた。
避けられない。
観念しかけた其の時、急に両手にかかっていた圧が解けた。
そつと目を開くと、忍さんはくつくつと笑ひ乍ら、僕の上から降りた。
手には彼の葉つぱを持つてゐた。
「何てね」
唖然として了つた。何が何なのか分からない。
「すまない、和樹君。今のは鳥渡した冗談だよ。君があんまり眞剣なんで、少しからかいたくなつて。
つまり、君の言ふことが夲當なら、此の葉の木の下を掘れば、林眞人の死體が出て來ると言ふことだ。其れが証拠になる」
何て心臓に惡い人なんだらう。
僕は脊中にびつしより汗をかいてゐることに氣附いて、忍さんに少し怒りたい氣持ちになつた。
けれどもう時間がない。
のろのろと起き上がつた。
「さうです……」
「君を信ぢやう。何とか証拠を見つけて俺が此の亊件の全容を明らかにしやう。
林君が消へたのは一年前の春だと聞いている。
君の言ふやうに、確かに林君は失踪前高岡邸に出入りが多かつたさうだし、大きな創作をしてゐたらしいのだが、其の作品は彼のアトリエから見つからなかつたと言ふことだ。
さう考へると辻褄が合う」
ふつとスマアトに忍さんは笑つた。
「實はね、僕は御婦人方を送つた後、眞直ぐホテルに歸つて來たのさ。
君の言ふ通り、傑さんから電話があつた。
和樹君を如何しても見つけて逃がさないで呉れつてね。
理由は……、笑つて了ふがね、峰子夫人が君を縛つて行爲に及ばうとした處、君が恐れをなして逃げて了つた。
體面もあるし如何しても謝りたいからつて……ふふふ、滑稽(こつけい)だね。
其れでもまあ、傑さんがさう言ふのだからね、俺は其の心算で君を探しに街へ出たつて訳だ」



