殺す、と言ふ言葉を日常で使つたのは初めてだつた。
酷く肩の凝るやうな苦しい心地がした。
忍さんは眉をしきりに寄せてゐる。
「其れで、此の葉の木の下に林眞人君の死體が在るつて言ふのだね?」
「さうです! だから……」
わはははと聲を上げて笑ひ出した。
「和樹君、君! 幾ら小説家だからと言つて、此那話はないよ! まさか幽靈何てね」
胡坐(あぐら)をかいた腿に手を打ち附けて笑つてゐる。
「其れに、君の話には全く納得出來ない處がある。
僕は確かにね、峰子夫人とは君の言ふやうな金銭の見返りを求める關係に在ることは認めるよ。
でも、幾ら何でも傑さんと此の僕が? 有り得ない!
君、彼の薔薇の何とかと言ふ夲に影響を受け過ぎたんぢやないのかい」
忍さんの言葉を心苦しく聞いてゐた。
忍さんが幾ら隠さうとしたとしても、僕は如何しても此の亊實が夲當であることを信ぢて貰はなければならないのだ。
「忍さん……。僕は……見て了つたのです。
お茶會の彼の日、忍さんと傑さんは暫く席を立ちゐましたね。
僕も彼の時、彼の場所に居づらくてお手洗いに行く振りをして席を立つたのです。
廊下の装飾品を見て歩く内に、僕は突き當りの彼の角部屋で……」
忍さんの目が開かれた。心底驚いたやうに言葉を失い、俄かに目を伏せた。
「信ぢて下さい、忍さん」
忍さんが顏を上げて目を細めた。
「如何して君は其れを俺に話さうと思つたのだ?」
「正直に言ひます……。手元に旅費を持つてゐたなら、一目散に此の町を出てゐたでせう。
生憎(あいにく)僕には其れがなく、ホテルに歸れば高岡夫妻から恐らくは僕を絶對に逃がしてはならないと言ひ附けられた忍さんがゐる。
しかし、幸いにも忍さんは高岡夫妻から電話を受け取つておらづ、僕も自分の旅費と荷物をホテルから運び出すことが出來ました。
けれど、かうなつた以上、忍さんは僕の身に起きたことを聞かねばならないし、其れを聞いて了へば、次に命を狙はれるのは忍さんかもしれません。
だから如何しても此のことを信ぢて貰はなければならないのです。
僕は忍さんを死なせたくはありません」
忍さんはぢつと僕を見詰めて話に耳を傾けてゐた。
暫くすると目を閉ぢて溜息を吐いた。
「如何して君は俺を助けやうとするのだい? 君は聞いてゐたのだらう?
俺は君を利用しやうとしてゐたのだよ」



