其れなら高岡夫妻からの電話は受け取つてゐない筈だ。
安心した所爲か、急に氣が抜けて立ちくらみがした。
「あつ、おい、和樹君!」
支へて呉れた忍さんが僕の手頸(てくび)の痣(あざ)に氣附いた。
「おい、此れ……何があつたつて言ふんだ……。取りあへづ、和樹君、ホテルへ戻らう」
忍さんに支へられ乍らタクシイに乘つた。
ホテルの部屋に戻ると、忍さんは僕が落ち着くやうに色々と世話して呉れた。
「一體何が有つたんだい、其の手頸……。や、足頸もぢやないか」
「忍さん、僕は此の町を直ぐに出なきやいけません」
其の時ホテルの電話が啼つた。
其れを取らうとする忍さんを慌てて止めた。
「駄目です! 取らないで!
僕が……僕の話が終はる迄、如何か高岡夫妻とは聯絡(れんらく)を取らないで下さい!」
尋常ではない僕の様子に忍さんは驚いてゐた。
「……わかつた。さうしやう。話して呉れ、和樹君」
「此處ぢやいけません。何處か、彼の二人が知らない場所へ行きましせう」
不思議さうな顏をし乍らも、忍さんは小さな素泊まりの宿に案内して呉れた。
宿の壁には罅(ひび)が入(い)つてゐる。古びた部屋の天井は低く、燈りは裸電球だ。
話し終へたら直ぐにでも町を出られるやうに僕は荷物をすつかり纏めて持つて來た。
古い畳の上に腰を据えると、漸く落ち着いて話ができた。
あすこで見たこと聞いたこと、全てを包み隠さづ忍さんに打ち明けた。
「此れから夜行で發ちます。だから忍さんも、彼の夫妻には近附いちやいけません。
彼らは……人を殺してるんです」



