人通りの多い繁華街に向かつた。細い道や人の居ない道を歩くのは怖かつた。
彼の夫妻が僕を追つて來て何時襲つたとしてもをかしくないのだ。
さう考へると、ホテルにも歸れない。
当然夫妻は忍さんに電話してゐるだらう。
さうしたら僕は今度こそ逃げ出せないかも知れない。
しかし困つた。
身分を証明するものや手持ち以外のお金をすつかりホテルの金庫に預けて了つてゐる。
しかも其のカギを持つてゐるのは忍さんなのだ。
命拾いはしたものの、これから如何したらいいのか。
飮み屋の立ち並ぶ通りで立ち尽くして了つた。
どれだけ立ちんぼしてゐたのかわからないが、肩に何か觸れた。
反射的に逃れるやうにして振り向いた。
今から思ふと僕は相当おたおたと、怯へて間抜けた様子だつたことだらう。
山高帽と手袋を身に附けた忍さんがきよとんとした顏で立つてゐた。
「……和樹君、如何したんだい?」
「…………、忍さんこそ、何故(なぜ)ここに……」
「何故つて、牧瀬さんとご令嬢を送つた後、鳥渡一杯やりたくなつてね。其處の縄暖簾(なわのれん)に。
まだ鳥渡飮み足りないが、今から歸らうと思つてゐたら丁度君か見へたから」
「……さうだつたんですか……」



