もはや何の抵抗なく其れを受け入れてゐた。
今の考えると結構怖い氣もするけれど。
足音を立てないやうに氣を配り乍ら靜かに薫子のゐる場所を目指した。
追いつくや否や薫子は階段をするすると降りてゐく。
僕は誰かに見つかりはしないかときよろきよろと見渡したが、薫子は大丈夫だと言ふやうに微笑んだ。彼女は案内して呉れやうとしてゐるのだ。
薫子を信ぢてゆつくり階段を降りて行つた。
薫子は表玄關(げんかん)でなく、裏へと案内した。
屋敷の中は人の氣配が澤山(たくさん)あつた。
しかし恐らく僕は誰にも見られることはなかつた。
薫子に促される儘、僕は裏口から屋敷を出た。
漸く安堵したものの、身體の強張りはすぐに解けるものではなかつた。
何度も何度も深呼吸を繰り返すが、なかなかうまく息ができない。
色んな亊が一遍に有り過ぎて、氣分は石ころだとかあるいは硝子の破片でも吐き出しているかのやうだった。
やつと餘裕が出來、薫子を見ると、彼女は庭の植木を指さした。
何を意味するのか判からづ、薫子と其の植木を交互に見た。
薫子は兩手を前に出してピアノを弾くやうに指をぱらぱらと運動させて見せた。
其れが何なのか暫く考へた後、漸くはつとした。
ピアノぢやあない。
操り人形。
指で糸を引くマリオネツトだ。
彼(あ)の植木の下に、マリオネツト作家の林眞人が埋まつてゐるのだ。
暗い庭に漏れる屋敷の燈(あか)りだけでは何の木迄は分からない。
そつと木の側に行つた。
むしろ良く見えなくて良かつた氣がする。
でなければ僕は平靜に其の木の側に近寄れた氣がしない。
死んだはずの人間と一緒にゐ乍ら死體に怯えるのは、まるで筋が通らない話だけれど、幽靈の迫力と死體の迫力の其れはまた違うものだ。例えば。…………
葉に觸れてみたが、玉仕立てに刈り込まれた其れを判別出來る程僕は植物に詳しくはない。
琴乃さんに聞いておけば良かつた。
等と呑氣なことをつい考へたのも、きつと目に見えない所爲だらう。
突然、薫子が庭の裏出口指さした。早く行け、さう言うことだつた。
僕は其の木の葉を一枚毟(むし)つて、庭を駆け出した。
庭を出た處で振り返ると、薫子はもう其處にはゐなかつた。



