忍さんはわかつてゐたのだらう。さう言ふとさつさと二人を聯れて出て行つて了つた。
取り殘された僕は、さうする外ない。
「……わかりました……」
「良かつたわ。だうぞ、こちらへ。しばらくお待ちになつて」
居間で待たされた。
待つてゐる間にどんどん氣が衰へてゐく。
胃の腑が重苦しい。
峰子夫人は僕に何らかの關係を結ばせやうとするだらう。
僕に其れを拒否出來るのだらうか。
自分の軟弱な意志を僕が一番信用出來なかつた。
今ならこつそり逃げ出せる。
いつそ此の儘默つて歸(かえ)つて了ほうか。
不安に追いやられ乍ら、そわそわと立ち上り、そつと扉から頭を出した。
廊下には誰もいない。
足音を立てないやうにそろそろと玄關へ向かう。
よし、此れならきつと抜け出せる。
臆病な心臓を震はせ乍ら吹き抜け迄やつて來た。
玄關の扉に手を掛けた時だつた。
視線を感ぢた。
不味い、と思ひ乍ら顏を上げると、二階の廊下に薫子が立つてゐた。
思はづ扉から手を離した。
「あ、あの……僕は、其の……」
何と言ひ訳したらいいのか分からない。
氣不味くて屋敷を出ることも居間に戻ることも出來づに狼狽した。
一體僕は何をしてゐるのだらうと段々慘(みじ)めな氣持ちになり、顏に熱が上つて來た。
僕が默つてゐると、薫子は何も言はづににこりと笑つた。
そしてだう言ふわけか、僕に手招きをした。
薫子が如何言ふ心算なのか分からないが、如何も惡意がなささうだつたので、おずおずと階段を上つて行つた。
薫子は僕が追い附くのを待たづに一つの部屋の前に進んだ。
其の扉の前で振り向いた。
ついて來いと言はんばかりに。
些か妙に思はれた。
言はんばかりにさうするのなら言へばいいのだ。
言はないとすると、薫子はしやべれないのだらうか。
薫子の後を追つた。
薫子は微笑み乍ら部屋の中へ入つて行く。
日光室の上の部屋。
失禮しますと聲を掛けて部屋に入つた。
部屋はクリイム色と若草色を基調としたエレガントな空間に、薄桃色のアクセントカラアを利かせた可愛らしい造りだつた。
しかし、如何したことか、其處に薫子の姿はなかつた。周りを見渡した。
「……薫子さん?」



