「此の靑紫色はなんですか」
「スタアフラワアですわ。サラダとして食べられるハアヴですの」
琴乃さんの園芸講坐は僕らに一時(いっとき)、素晴らしい時間を齎(もたら)した。
牧瀬邸宅の庭を自身でも大變熱心に手入れしてゐるさうだ。
植物と觸れ合つてゐる時が一番心休まると言ふ。
ロオズマリイや金木犀等の香りの有る花を愛で、香りの移った掌をそつと胸に置く。
物其のしぐさがなんとも言えず、靜かに草花を愛する琴乃さんが、形容しがたい程美しく思へた。
お嫁さんを貰うなら、此那人が良いと思つた。
「今度、月刊園芸の編集が高岡さんの此のお庭を取材に來るさうです。
此のお庭と言つたらK市中の園芸を嗜む人にとつて憧れの的ですから」
「琴乃さんのお庭も、きつと此の庭に負けない位手の行き届いた素晴らしいお庭なのでせうね」
何一つ知識も確証もない僕の言葉に、琴乃さんは頬を染めて、でも嬉しさうに、ええと微笑んだ。
其の笑みに胸を打たれた。
不意に視線を感ぢて二階の窓を振り向くと、薫子が僕を見下ろしてゐた。
薫子は黑い髪を揺らしてにこりと笑つた。
琴乃さんの手前僕は手を振り返すのが躊躇はれたので微笑みだけを返した。
其の場から少し離れて、琴乃さんと庭の散策を続けた。
暗くなるのが惜しく思はれる。
少し後ろを歩くこの小柄な女性ともつと一緒に居たいと感じてゐた。
暫くして峰子夫人が僕らを呼びに來た。
「和樹さん、琴乃さんそろそろデイナアにご案内致しますわ。だうぞお入りになつて」
名殘惜しくて僕はわざとのろのろと屋敷に戻つた。
琴乃さんも同じだつたらしく、
「あの、今度内の庭を見に被居ませんか」
振り向くと、琴乃さんの顏は先程まで見てゐた夕陽の如く眞紅に染まつてゐた。
思はづ僕も照れて了つたけれど、素直に嬉しくてうなづいた。
「ええ、是非。明日は如何でせうか」
「勿論、結構ですわ」



