其の日ホテルに戻つた僕に忍さんが言つた。
「如何したんだい、和樹君。何だかお茶會の途中からすつかり元氣がなくなつて了つたやうだつたが」
「いえ……鳥渡考へごとを……」
「まさか君、そろそろ出發しやう何て考へてゐるんぢやないだらうね」
忍さんの瞳に焦りの色が走つたやうに見えた。
「……ええ、他にも行つてみたい處がありますし……」
忍さんには惡いけれど、僕は峰子夫人と如何にもなる心算はない。
僕を引き留めやうと忍さんが口を開きかけた。
其の時電話が啼つた。
開いた口を閉ぢて受話器を取つた。
「はい。利代子夫人の誕生日にパアテイを? 其れは良いですね。ええ、僕も和樹君も勿論參加させて頂きますよ」
受話器を置いて振り返つた。其處には有無を言はさない視線があつて、僕は少したぢろぐ。
「明後日の夕方。其れ位良いだらう?」
氣弱な僕はさう言はれると斷れない。
短い付き合いの中でも、忍さんは其れを解かつてゐるのだ。
如何なつて了ふのだらうかと、僕は不安に陥つた。
二日後、利代子夫人へのプレゼントを持つて忍さんと共に高岡邸を訪れた。
忍さんは紺のスウツにグレイ山高帽、其れに黑革の品の良い手袋で決めてゐる。
僕は相變はらづ忍さんに借り枇杷茶の紬に濃茶の角帯。
夲當ならパアテイは利代子夫人の邸宅で開かれるのが普通らしいさうだけれど、峰子夫人の計らいで何時ものサロンと稱(しょう)して利代子夫妻を呼び、サプライズパアテイを催す趣向となつた。
此れは誕生日前日から夫妻はイギリス旅行に出掛けるので、日夲でお祝いすることが叶わない爲なのであつた。
パアテイは男女一組で招待されるのださうだ。
単身の僕らは、未亡人の牧瀬さんと其の娘の琴乃(ことの)さんに聯れ添つて頂くことになつた。
準備は全て整つてゐた。全員が揃つて夫妻の登場を待つ。
今日ばかりは何時も開けつ放しの日光室の扉が閉まつてゐる。
利代子夫人が入つて來た瞬間、忍さんと今日の爲に呼ばれたフルウト、オホボエ、ヴイオラ、チエロの演奏者がハツピイバアスデイを奏で、參加者全員のカウラスが始まる。
利代子夫人は驚きの餘り、美しく整へた白粉が剥げて了ふ程の感涙を見せた。
色取り取りのケエキ。
フアンシイに飾られた花。
優美な装ひの紳士淑女達の微笑み。
お祝いの言葉。
數々(かずかず)のプレゼント。
心弾む音楽。
パアテイは大成功だつた。



