「やきもちを妬く君も素敵だよ」
「傑さん、まさか俺を捨てないだらうね」
僕は其れ迄男色を好む人に出會つたことはなかつた。
まさか情亊を目にするとは考へてもみなかつた。
しかも其れが、忍さんと傑さんだとは……。
「峰子夫人の目を見たら分かるだらう? 和樹君をとても氣に入つてるよ。
俺に続いて和樹君迄奪つたのぢやあ、彼女も默つちやゐないよ」
「なあに、峰子は僕と君との關係には氣附いてゐないさ。
未だに劇作家の外丸君と続いてゐると思つてゐるのだから。
其れより君こそ、最近僕より峰子とばかり附き合うぢやないか」
「だから和樹君を紹介したのだよ。彼ならきつと峰子夫人が氣に入るだらうと思つてね。
鳥渡初心(うぶ)だけど、彼良い感ぢだらう?
さうしたら俺はお払い箱さ。其の時俺はすつかり傑さんのものだよ」
脳天にひんやりとしたものが走つた。其れと同時に胸の中で何かがカタンと音を立てて落ちて行つた。
男色の歴史や薔薇の輪舞曲のやうな愛の在り方を全て否定する心算はない。
けれど、此の亊實は僕に衝撃を突き附けた。
僕が二人に感ぢていた友情は、友情たり得なかつたのだらうか。
忍さんは僕を峰子夫人に押し附ける爲の身代はりとし、友達として薔薇の輪舞曲を僕に讀ませた傑さんは、夲當に友情を示す爲に彼の夲を選んだのだらうか。
惡い人達ではない。でも見知つて長い間柄でないことも確かだ。
いづれ僕は此の町を去る。行き摺りの友情だもの、其れ位の下心はあつて然りだ。
さう思ひ乍ら、胸に一抹の寂しさを覺へない訳にはいかなかつた。
だつて、忍さんのスマアトな魅力に憧れ、傑さんの文芸への深い造詣に共鳴したのは夲當だ。
僕は紛れもなく、此の二人に一滴の混ぢり氣もない友情を感ぢてゐたのだから。
其れとも、僕のやうな世間知らずが、此の程度のことで友情だの共鳴だのと浮かれてゐること自體が間抜けなのだらうか。
友情以外の關係でだつて人は繋がれる。亊實、忍さんのヴァイオリンは素晴らしいし、パトロンである傑さんや峰子婦人のお陰で音楽活動ができる。さうした有用性迄否定してはならないのは分かつてゐる。
けれども僕は、憧れた人に利用されることや、自分が重きを置く深い部分で通ぢ合へる人に情慾の對象(たいしょう)として見なされることを望んではゐなかつたのだ。
僕の見方でしかないことは分かつてゐる。
悲しいかな、其れは認めなければならないだらう。
此處で見たことは誰にも言ふまいと心に決め、僕は靜かに其の場を離れた。



