僕は昨日の失態を取り返さうと改まつてお禮(れい)を述べた。
「和樹さんはお聲が澄んで被居つて、とても朗讀がお上手ですのよ」峰子夫人が言ふ。
「さうかい。其れは是非僕も聞きたいな」と傑さん。
「峰子夫人の仰る通りですわ。きつと薫子さんも喜んで被居るのではなくて? 上にも響いて被居るわ」さう言つたのは利代子夫人だつた。
僕は咄嗟に彼の窓邊(まどべ)に坐つてゐた少女のことだと思つた。
峰子夫人と傑さんは顏を見合はせると微笑み合つて、――でも傑さんは何處か躊躇ひがちに――二人は僕に説明した。
「一人娘の薫子は體が弱くて、殆ど部屋から出られないのです。
でも、かうして澤山の人が樂しげに話してゐる聲や、素晴らしい音樂を聴くのは大變好きなんですの。
だから私は出來るだけサロンや勉強會を開いて、彼の子に聞かせてあげたいと思つてゐますのよ」
「二階の、丁度此の部屋の上にゐるんだ」
屋敷の外観を思ひ出す。
確かに此の日光室の上の窓から彼の少女は手を振つてゐた。少し垂れ目の少女だ。
僕は其の姿を思ひ出して言つた。
「峰子夫人に似て被居いますね」
夫人は少し驚いたやうな表情を見せた。
傑さんも同じやうに一瞬目を見開いた。
其の反應(はんのう)に、おやと思つたけれど、夫人は直ぐに上品に微笑んだ。
「さうなのです。私も彼の子も、音樂や文學が大好きなんですの」



