忍さんは何ともはきはきと氣持ち良くしゃべる人だつた。
些かしやべり過ぎる位口が達者だつたけれども、境遇の似てゐる僕に何か縁のやうなものを感ぢたらしい。
「君、よかつたら俺の泊まつてゐる部屋に來ないかい。芸術に就いて君と論ぢたいな」
忍さんの明るさと氣さくさに惹かれて、厚意に甘へることにした。
さうと決まれば忍さんの行動は早く、僕を行き附けだと言ふ飮み屋に案内した。
忍さんは書いて字の如く底なしに強かつた。
其れに附き合はされた僕は忍さんの泊まるホテルに辿り着いた時は意識がなく、翌朝目覺めた時には昨夜論ぢ合つた芸術の話等片つ端から頭の中から抜けてゐた。
其の朝、酷く重たい頭を擡(もた)げて當りを見渡すと、噂にだけは聞いてゐたけれど、決して此の目で見られやうとは、否、まして自分が泊まることにならうとは思ひもよらなかつた。
其處は絢爛(けんらん)豪華な洋室だつた。
Kロイヤルホテル。其の年出來たばかりの高級ホテルの一等室だつた。
僕はキングサイズのベツドに寝てゐた。
見ると忍さんはソフアに寝轉がつてゐる。ゆるりと垂れた腕の先にはワイングラスが轉んでゐた。
テエヴルの上にはボトルが二夲。彼(あ)の後さらに飮んだらしい。
お酒に關して僕は單純に感嘆したけれど、如何言ふ訳で忍さんが此那ホテルに泊まつているのか僕には皆目見當が附かなかつた。
僕は足の爪が隠れて了ふ程毛足の長い絨毯の上を歩いて、浴室(バスルウム)らしき扉を開けた。其處も眩いばかりに廣々として明るく、何だか勝手がよく解らなかつた。
取りあへづ僕は風呂に入りたかつたので色々試し乍ら風呂を濟ませた。
出ると、丁度忍さんが起き出した處だつた。
「嗚呼……起きたかい、和樹君……。今何時(なんとき)だい……」
「十時になります」
「嗚呼、其りや不味いな」
さう言ふと忍さんは突然尻を打たれた馬のやうにしやかりきに動き出した。



