「いえその……」
何と言つたらいいか分からづ、まともな返亊が出來ない僕。
餘りに歯切れの惡い自分が自分で厭になつて了い、氣不味くなつた終に俯いて了つた。
すると靑年が噴き出すやうに笑つた。
「何だい、君! 捨てられた犬ぢやあるまいし、何を其那にしよげてるんだ」
靑年は僕の隣に腰掛けると僕の旅行鞄に目をやつた。
「君、旅をしてるのかい? 此處へは何時着いたんだい」
「今日、正午に……」
「まさか其れからずつと此のベンチにゐる訳ぢやないだらうね」
「…………」
答へづにゐると靑年はまた笑ひ出した。
彼が餘りに愉快さうに笑うので僕は自分が此の上なく恥づかしい立場にゐるやうな氣がして來て、段々情けなくなつて了つた。
其那僕の顏色を察したのか、
「やあ、笑つてすまなかつたね。俺は戸尾(とお)江(え)忍(しのぶ)。
たつぷりご覧頂いた通りヴアイオリニストさ。
俺もまあ言つてみれば遊歴の旅をしてゐるのだ。君は?」
「……僕は……、渡邊和樹と言ひます……」
「見た處、さうだな。ゲエテや何か讀んでさうだけど」
「あの……、僕、一應小説を書いてゐます。
今はお世話になつてゐる先生にお暇を頂いて、色んな處を巡つてみてるんです……」
「へえ! 其りや全く俺と境遇が同じだな!
俺の師亊する先生は大阪にゐるんだがね、其の先生が變はつた人で、若い内は色んな場所に出掛けて色んな人に會へと言ふのだよ。
都市を中心に轉々(てんてん)とし乍らコンサアトやサロン何かに出させて貰つてゐる。
彼(か)のモホツアルトも幼い頃から旅をしてゐたと言ふしね」



