キヌタ様は穏やかな鈴のやうな聲で言つた。
キヌタ一族は僕の目の前で立ち止まつた。
「さう怯へなくてもいいのよ。貴方を食べたりはしないわ」
キヌタ様がにやりと口を歪めた。
其の瞬間、鬼のやうな牙が露(あら)はになつた。
くらと氣が遠くなつた。
目の前がぼやけ始めたと思ふと、キヌタ様は其の細く白い指で僕の顎を引いた。
僕は何とか氣を失はづに濟んだ。
キヌタ様の指が僕の輪郭をつつとなぞつた。
不穏な空氣が立ち込め、ぞわぞわとした惡寒をが走る。
「貴方は美しいわ。私の一族に加(くわ)へて差し上げる」
一族に加へる?
其れは後ろにゐる男達やうになると言ふことだらうか。
頭の中は眞つ白になつて、もう如何していいか解からない。
さうしてゐる間に、黑い着物を着た男達が僕の身體の自由を奪つてゐた。
間抜けな僕は漸く、不味い状況に陥つたことを自覺した。
ふヽヽといふ笑い声がこだまのやうに響き渡つた。
其の息は何やら不思議な香りがした。
血の臭いを覆い?すかのやうな強い花の匂い。
キヌタ様は輪郭をなぞつた指で、するすると僕の頸、鎖骨に觸(ふ)れ、胸を撫ぜた。
「綺麗だこと。嗚呼、何處に附けやうかしら」
身體に這う指先は、何かを探すやうにさもしく撫で囘(まわ)した。
恐怖と何とも言へない危うい情慾に捉はれ、僕は世にも恐ろしく美しい鬼から目を逸らすことが出來なかつた。
キヌタ様の紅い唇が艷々と光る。
情けないことに、僕に冷靜な判斷力はもうなかつた。
感ぢやすくなつた僕の乳頸にキヌタ様が輕く爪を立てた。
思はづ、あつと聲が出た。
「私達の?れ家へお聯れするわ。
此處では儀式が出來ないもの。印を附ける道具がないわ」
「しるし……?」
「さうよ。印」



