【叔父様ノ覚エ書】~叔父様の書物をこっそりと読みましたら、叔父様が殺されたらしいとわかりました。お可哀想な叔父様。待っていてくださいね。美咲がきっと助けて差し上げます…~






 僕は溜息が出た。

 一體其處迄して村民をキヌタの神に縛り附けておきたいのは何故だらう。

 賢治が言ふには村には形式的な村長はゐるけれども、實質的な權力者はゐないらしい。

 だから誰がさう迄してキヌタの迷信を村人に信ぢ込ませやうとしてゐるのかが判らないさうだ。

 だとしても、彼の神社に閉ぢ込められたキヌタ様、……加奈は不憫(ふびん)過ぎる。

 是迄何人の少女が彼の社に監禁され、そして果てて行つたのだらうか。

 彼の美しい加奈が普通に村で暮らすことが出來たのなら如何那(どんな)に仕合せな一生を送るだらうか。彼の艷やかな唇を思ひ出して、僕の胸に何とも哀しい想ひが滿ちた。



「其れで、和兄。俺は加奈をあすこから逃がしてやらうと思ふのだ」

「其那ことが出來るのかい?」

「其りやあ、おい其れと言ふ簡單(かんたん)なことではないし、大目玉を食らうだらうな。

 だけど加奈を逃がしてキヌタの生神が迷信だと村中が解つたら、もう誰も悲しまなくて濟むんだぜ」

「其れはさうだけれど……」

「な、和兄如何思ふ? 協力して呉れるだらう?」



 きよろんとした瞳で僕を眞つ直ぐ見据ゑて、賢治は眞剣な口調で言つた。ふと豫感がした。



「賢治……、もしかして……」



 少年の瞳は強い。



「加奈のことが好きなのかい?」



 すると、矢庭にどもつて訳のわからないことを口走つた。やはり圖星のやうだ。

 月夜の下の賢治の肌は眞つ黑に日燒けしてゐて目には全く判らないのだけど、酷く赤面してゐるのだらうと思つた。

 照れ隠しに亂暴(らんぼう)な言葉を聯ねる賢治少年が何とも微笑ましく思へた。

 しかし、其れもさうだらう。

 賢治少年でなくても、加奈には一目見ただけで射すくめられて了ふやうな妖艷な魅力がある。

 僕だつて大人げなく終始程舞い上がつてゐたのだから。



「分かつた。僕も協力しやう」



 賢治が握手を求めてきた。

 僕らは固く手を結んで、加奈脱走の計書を練り練り、月夜の山道を戻つた。



 翌日の深夜、僕らは再び神社へ向つた。

 計畫はかうだ。

 お供へが終はる丑(うし)三(み)つを待つて加奈の牢を破る。

 牢は木であるから破るのに其れ程難儀はしないと言ふ話だ。 

 其れから賢治と加奈は森に潜んで朝を待つ。

 早朝神社が破られてゐることに氣附いた村人達の前に、賢治と加奈が現れ、是れ迄のキヌタ神社の生神の虚構を暴き、陰で村人達を操つて來た黑幕達を炙り出すと言ふ算段だ。

 僕は牢を開けるのと、村人達が騒ぎ出したら二人を呼びに行く役目だ。