「さあ、詳しくは分からないけど、何しろ小さい村だからね。昔からの仕來たりが頑なにずつと守られて來たんだよ。
此の眞夜中のお供へも、月の出てゐる晩は毎日行う。
どの家も缺(か)かさない。
此の村の殆ど人は村を出たことがないし、出て行つた者で歸つて來た者はいない。
閉鎖的な村なんだ」
「ぢやあ、彼のキヌタ様は……村の何處かの家から攫(さら)はれて彼の神社に閉ぢ込められて了つたのかい……」
「さうだ。あんまりにも可哀さうだろ? 彼那(あんな)に綺麗な人なのに。
其れに村人はキヌタ様に毎日お供へ物をするけど、内に入つて挨拶したりはしないんだ」
「如何言ふこと?」
「皆キヌタ様を恐れてゐるんだ。昔からの迷信を村の全員が信ぢてゐるからさ。
其の迷信つて言ふのが――
彼の神社にゐるキヌタ様はキヌタの族長で、他のキヌタ族は普段山の中に隠れてゐるんだ。
其のキヌタ一族は、昔から人間を食つて生きてゐた。
新鮮な生きた人間を食べてゐるからちつとも老いないし、とんでもなく長生きなんださうだ。
或る時俺達の祖先はキヌタの女族長を捕まへた。
其の族長を殺さないで丁重に祀る代はりに、人間を食べるのを止めて呉れとキヌタ一族に願い出たんだ。
すると族長を失うことを恐れたキヌタ一族は人間を襲つて來なくなつたらしい。
其れで村の人々は毎日お供へ物を缺かさないつて言ふ訳。
たまに神社しに遭う子供が出ると、決まつて其の家はお供へ物を忘れた日が有るつて言ふ。
だから皆必死に仕來たりを守つてる。
馬鹿馬鹿しいつたらないよ。
確かなこと何て、誰も知りやあしないのに」
賢治は続けた。
「俺は小さい時から此の話を聞かされて來たけど、H町へ野菜賣りに出るやうになつてから、下の町の人はキヌタの神様何て誰も聞いたことがないつて言ふんだ。
キヌタ?
其りやあFの村民のことだろ?
つてな具合。
だから僕は或る時確かめてやらうと思つて神に忍び込んだんだ。
さうしたら彼のキヌタ様がゐた。
キヌタ様に貴方は夲當に人を食(く)うのつて聞いたら、キヌタ様は悲しさうに泣くんだ。
此處に閉ぢ込められてから俺が初めて會(あ)いに來て呉れた人だつて泣いたんだ。
そして自分は十年前に突然此處へ閉ぢ込められた加奈と言ふ娘だと言ふ。
村に戻つて聞いてみると、確かに十年前加奈と言ふ女の子が行方不明になつてゐた。
其の時村人や加奈の親でさへも警察に届け出なかつたと言ふのだから、如何しやうもないよ。
でもキヌタ様が……加奈が言ふには、お供へ物は毎日誰かが料理して一日三度運んで來て呉れると言ふから、加奈を幽閉してゐる人達がゐるのは亊實だ。
村ぐるみでキヌタの神様をでつち上げてゐるんだよ」
「其那ことがある何て……」



