胸がきゆつと冷へた。僕は元來かう言うふことが得意でない。
矢張り不味いのではないかと怯へ乍らも、えいやと内に飛び込んだ。
内は檜の香りに満ちてゐたが、眞つ暗だつた。
賢治が手慣れたやうに蝋燭(ろうそく)に火を燈(とも)す。
當り全ての蝋燭に火が燈されると、まるで幻想的な景色が浮かび上がつた。
広いせいか上は何處までも高く、前後左右も空間がずつと続いてゐるかのやうには錯覚する。
賢治は拝殿の奥の戸を開けた。
意志の間に続いて、夲殿の戸を開けた。
普通なら其處には神社の神様が祀られてゐる筈だが、賢治は「キヌタ様」と聲を掛けるとさらに奥の戸を開けた。
「賢治?」
内からは鈴の音のやうな若い女の聲がした。
僕の胸は俄かに踊る。
此那暗い社の中に生神と言はれる女が住んでゐるとなれば、なにがなくてもつい氣になつて了ふものだ。
密かに守り続けられて來たと言ふ傳説に靜々と心魅かれた。
「キヌタ様、今日村に來た旅の人を紹介します。
和兄、こつち」
どきどきし乍らそつと奥に進んだ。
其處には其れは見亊なうら若い美女が坐つてゐた。
まるで瞬きしないことには見詰めてゐられないやうな。
美女は蝋燭の炎に照らされて艷やかに微笑んだ。
「いらつしやいまし。旅のお方」
二十歳か其れより二、三上だらうか。
鼻先迄漂つてきさうな色香に僕は上手く言葉が出なかつた。
しかし、解せないのは、何やら格子の中に圍(かこ)はれてゐることだ。
キヌタ様は繪卷物でしか見たことのないやうな立派な十二單を身に着けてゐた。
化粧もお髪も平安時代から抜け出て來たやうな姿だ。
時代は違へど、矢張り美人は美人なのだらう。
迫力はまさに生身の其れに違いなかつた。
だけど、僕は夢を見てゐるのだらうか。餘りの美しさに其那氣さへする。
何だか舞い上がつて了つて何をしやべつたかよく覺へてゐない。
小一時間程經つた頃だらうかキヌタ様が、
「そろそろ時間ですよ。賢治、其れに和樹さん、お戻りなさいな」
言葉を發する度に潤々と光る赤い唇に溜息が出る。後ろ髪引かれ乍ら神社を後にした。
歸り道、キヌタ様の殘(のこ)り香が移つてゐるのだらうか、ぼんやりと餘韻(よいん)に浸つた。
田舎の山奥に圍はれ、ひつそりと暮らし続けてゐる麗しい女神。
確かに非現實的な雰圍氣と魅惑に滿ちてゐた。
「キヌタ様を如何思ふ?」
「如何つて……とてもお綺麗な方だね……。生神様と言ふのも頷けるよ……」
驚くべきことを賢治が口にした。
「キヌタ様はもう千年以上も生きてるんだつて。
ずうつと彼の姿の儘生き続けてゐるさうだよ」
「ええ……? まさか」
「さう。信ぢられないだろ? だけど此の村の皆は信ぢてゐる。
此の村は何年かに一人か二人子供が消へるんだ。
其れも女が多い。
實は消へた子達があすこに囚はれて生神として祀られてるんだよ」
「……夲當かい? 一體(いつたい)何の爲(ため)に、其那ことを……」



