氣不味い思ひをし乍らも僕は言つた。
「賢治が家を出て行くのが見へて、僕は一體如何したのかと思つて……、其の、後を追つて來たら……」
「見失つた?」
「うん、さうなんだ……」
「とろいなあ、和兄」
賢治は月夜の下でくつくつと笑つた。
附いて來なよと言ふので、素直に後をついて行つた。
少年の脊中に向けて、何となく感ぢてゐた祕密めいた謎へ疑問を投げ掛けた。
「此那夜中に訪ねて、其の……僕が行つても平氣なのかな? 祕密の場所ぢやないのかい?」
賢治は少し考へるやうに立ち止つて、其の瞳を煌めかせた。
「此の村の仕來たりなんだ。村の外の人間は知らない。だから祕密と言へば祕密だ。でも……」
「……でも?」
「でもさ、和兄だつたら如何するか鳥渡聞いてみたくてさ」
「僕だつたら?」
狐のやうな俊敏な光を瞳に宿らせて、賢治は山の奥へ奥へと誘つた。
全く要領を得ない。月は高く煌々と輝いてゐる。
何だか夲當に狐に化かされてゐるのではなからうか。小心の僕は其那心配さへした。
暫く歩いて着いた場所は何とも立派な神(じん)社(じゃ)だつた。
月が明るいからよく分かつた。
森を切り開いた廣々とした土地に其れは見亊な権現造の大きな社(やしろ)だつた。
大きい割に、其れ程古くは見へなかつた。
柱も梁も風合いからしてみて百年も經(た)つてはゐないのではなからうか。
兎も角人口五十人ばかりの小さな集落の神社とは到底思へない規模だつた。
見ると境内の前には無數の竹(たけ)笊(ざる)に色んなお供へ物が載せて置かれてゐた。
此の村の人々は大變熱心に此の神様を祀つてゐるらしい。
「キヌタ様をお祀りしてるんだ。俺達の村は皆キヌタ様に守られてる。
昔はもつと小さくてぼろかつたんだけど、八十年位前に火亊で燒けた。
キヌタ様は無亊だつたんだけど、キヌタ様に纏(まつ)はる書物や何かは全部灰になつちまつた。
今は口傳(くでん)で傳へられてるけど、確かな處はもう誰も覺へちやいなんだ」
「へえ」
「此の村の衆達は皆信ぢ切つて疑うつてことがない。
さう言ふのもさ、此の村は皆、遠からず血が繋がつてるんだ。
身内に嘘を附く奴はゐないつて言ふ訳。俺はさうとは言ひ切れないと思つてゐるけど。
まあ其那訳で下の町の者は俺達のことをキヌタ一族と呼ぶ。
だけど夲當のキヌタ様は、ここにおはす生神(いきがみ)様だけなんだ」
さう言ふと賢治は仔猿のやうに身輕(みがる)に境内に上がるとさつと中へ入つて了つた。
賢治の思はぬ行動に如何したらいいか躊躇(ためら)つていると、
「和兄、早く。村の者に見られたらいけない」



