賢治はぢつと俯いてゐる。言ひ出すべきか如何か時期を計つた。
女中は今日こそは手を緩めないぞとばかりに捲(まく)し立てた。
「いいかい賢の坊、今後も此那ことが続くんならね、お前ん處とは手を切らして貰うことになるよ!
こつちはキヌタ以外だつて仕入れる先はたんとあるんだ」
僕は思はづ聲を上げた。
「違うんです! その……僕が無理を言つて彼から貰つて了つたんです。如何しても喉が渇いて蕃茄を……」
すると賢治は急に聲を張り上げた。
「蕃茄二つ! 胡瓜一夲!」
僕はぎよつとして賢治を見た。賢治はしれつとしてゐる。
女中は賢治と僕を交互にねめ附けて、そして言つた。
「何處の誰だか知らないけどねえ、勝手なことされちやあ困るよ。賢治も、あんたも、賴むよ。分かつたね?」
僕と賢治はお互ひちらりと目を合はせてほぼ同時に頷いた。
賢治はちやつかり自分の摘み食い迄僕に押し着せて了つた。きよろんとした目が惡戯(いたずら)さうに光つた。
賢治は空になつた籠と代金を受け取つた。すると急ににべが良くなつて、
「コトメさん、此の兄ちやん、今日泊まる處を探してるんだつてさ!」
コトメは目を見開いて溜息を吐いて見せた。
何でも今日は複數の團體(だんたい)客が何處の旅館も貸し切つてゐて空き部屋がたうとないのだと言ふ。
コトメは親切にも幾つかの民宿やコテエヂや何かに確認をして呉れたが、如何にも部屋が見つからなかつた。
「此那こと滅多にないんだけどねえ。を客さん、運が惡かつたよねえ」
其う言はれて了つては、途方に暮れるしかなかつた。
此の氣候だから寒さに凍へて死ぬことはないだらうけど、此那處で野宿をしたらどれ程藪(やぶ)蚊(か)に刺されるか分かつたものぢやない。
其の様子をずつと見てゐた賢治が僕の袖(そで)を引つ張つた。
「其んなら、和兄、家に來るか?」
「其れは助かるけれど、良いのかい?」



