朦朧とした儘、運轉手(うんてんしゅ)と乘り合はせた紳士に抱き起こされた。
狸のやうな狐のやうな少年が心配げな顏をしてゐた。
「さ、是れを飮んで」
白いキヤプリング帽子の婦人が彼女のものらしい水筒の茶を差し出して呉れた。
其のお茶を飮みたい渇望とは裏腹に、思ふやうに身體が動かづ、のろのろとした動作で何とかお茶を飮み干した。
「もう少し飮んだ方が良いですよ」
言はれるが儘に僕は其の水筒のお茶を飮み干して了つた。
さうした後、漸く落ち着いて言つた。
「……助かりました……。ご親切に、夲當にだうも有り難う御坐いました……」
僕は介抱して呉れた運轉手と三十半ばの紳士、其れに若い婦人に禮(れい)を言ひ、乘客を見渡して頭を下げた。
「大亊なくて何よりですわ」
白い帽子の婦人は晴れやかに笑うと夫らしき紳士の腕に手を添へて共に席に戻つて行つた。
僕は何とも氣恥づかしいやうな情けないやうな思ひをし乍ら席に坐つた。
すると狸のやうな狐のやうな少年が唐突にやつて來て僕の隣に坐つた。
籠から眞つ赤に熟れた蕃茄(トマト)を差し出すと、少し唇を尖らせて言つた。
「やる」
「……いいのかい?」
驚いて少年を見ると、少年は僕の手に蕃茄を押し附けた。
そして少年も籠から一つ取り出すと其れに齧(かぢ)り附いた。
蕃茄を持つ少年の手から赤い果汁が傳(つた)つて垂れた。美味しさうに食べる彼を見て、僕も失はれてゐた感覺が蘇つてくるやうな氣がした。
僕もがぶりと倣(なら)つた。一口噛むごとに口の中に廣がる瑞々しさと酸つぱさが、堪らなく快感で美味だつた。
「兄ちやん、H町に行くの? 泊まる處は決まつてるの?」
「嗚呼、さうだよ。宿は決めてゐないけれど」
「其んなら俺、宿を紹介してやらうか。
此れから野菜を配達しに行く處なんだ。紫苑(しおん)て言ふ有名な旅館なんだ」
「其れは良いね」
僕は食べ終へた蕃茄の蔕(へた)を窓から投げ捨てた。
少年がくすくすと笑つてゐた。
「何だい?」
「兄ちやん、旅慣れてねえだろ」
「えつ、……わかるかい?」



