二、 キヌタ一族
昭和Z年夏。
行く當てもなく訪ねる人もない氣樂(きらく)な旅をしてゐた。
O市での經驗(けいけん)が僕を旅の魅力へと誘う役割を果たしたのだらう。
榎夲先生と實家には其の旨(むね)を認(したた)めた葉書(はがき)を送つた。
心配はしてゐなかつた。
日燒けもしない軟弱な性質(たち)だけれど、夏は元々厭いでないし、H町と言ふ避暑地を訪ねる心算(つもり)でゐたのだ。しかし目算は甘かつた。
僕はH町へ向かうバスの中で倒れて了つたのだ。
時間は少し遡り、僕は停留所にゐた。
旅は人を大膽(だいたん)にするものだ。
苦い敎訓だ。其れを身を持つて思い知る破目になつた。
紗の着物にカンカン帽、そして小さめの旅行鞄と言ふ身輕(みがる)な出立ちではあつたのだけれど、些か無計書だつたことは否めない。
僕はバスの乘り換へを間違へたらしく、次のバスの時間もまだ有ることだし、よほし此處は歩いてみやうと似合はぬことをしたものだからいけない。
初めの十分(ぢつぷん)。
季節を肌で感ぢ乍ら揚々と進む。
次の十分。
是れは豫想(よそう)以上にしんどいなは。次のバス停はまだかしらと思ふ。
次の十分。
此處迄來て了つては此の儘進むのと戻るのとどちらが良いかしらと惱み、水筒を持つて來なかつたことを大變後悔し、其れでも折角來た道を戻るのも馬鹿馬鹿しくて、次の十分。
もうヒイヒイと言ひ乍ら目の前が囘り出す位朦朧(もうろう)として、最後の十分。
もう殆ど記憶がない。
倒れるやうにして漸く辿り着いた停留所には、水飮み場やアイスキヤンデイ賣りはなく、兎に角水つぽい物が慾しかつた。
停留所には、狸のやうに眞つ黑けに日燒けした仔狐のやうなきよろんとした眼の十歳程の少年がゐて、怪しい者を見る目附きで僕を見た。
其の少年は賣り物らしい野菜籠の中から鮮やかな綠(みどり)眩しい胡瓜(きうり)を取り出すと、ばりばりと小氣味よく食べ始めた。僕は恥も外聞もなく言つた。
「君、其の胡瓜を一夲賣つて呉れないかい……」
狸のやうな狐のやうな何處かユフモラスでをかしな印象のある少年は、僕をぢろりと見ると、
「駄目だ! 此れは買い手が決まつてる」
ぴしやりと斷(ことわ)られた僕は二の次が出なかつた。
だつて君今食べてたぢやあないかと思ひつつ、其れを口には出來ないのだ。
全く此那小さな子供にさへ氣が弱いのだから、僕は夲當(ほんとう)に駄目だと思ふ。
嗚呼、何だか目の前がぼんやりとする。此れは不味い兆候なのではと思つた。
其の時丁度バスが來た。僕は少年の後に続いて何とかバスに乘り込んだのだけれど、バスの發車の振動に脚が縺(もつ)れ、身體は制止の意思が効かなかつた。
其の儘倒れて、僕は意識を失つて了つたのだ。
「大丈夫かよ、兄ちやん!」



