見覚えのある表紙だった。
いつだったか、美咲はこの表紙に日付を書いている和樹を驚かそうとして、忍び足で背後まで寄って行って、声をかけたのだ。
案の定和樹は驚いて、この三の字の一番下の線が妙に間延びしてしまったのだ。
美咲のいたずらに和樹は笑っていた。まるで昨日のことのように鮮やかに思い出される。
突如、美咲の両目から、洪水のように涙が溢れ出した。
淡い意識は流されるように一色に染まる。それはどうしようも止められはしなかった。
――嗚呼、叔父様、叔父様――。
どうか美咲にお便りを送って下さい。
一言無事であると、おっしゃって下さい――。
そうしたら美咲はどんなに安心できることでしょう。
こんなに苦しい想いをしないですむでしょう…………。
叔父様はひどい。
ひどい人……。
美咲にこんな思いをさせて平気でいらっしゃるの?
美咲は今叔父様からどこそこにいるとお手紙が来たなら、すぐにでも飛んで行きたい。
そうして美咲は叔父様に抗議するのだわ。
美咲がどんなに辛く寂しい想いをしたのか、どんなに叔父様を想って涙を流したのか……。
叔父様はきっといつものように気の弱い様子で優しそうに笑って、それで美咲を慰(なぐさ)めるのだわ。
昔のように抱きしめてくれなくちゃ、美咲は許さない……。
きっと許さないんだから……。
美咲は泣いた。
突っ伏して気が治まるまで、さめざめと泣いた。
離れた場所にはあの鈍感な人達がいるのだから、美咲は声を上げて泣くことはできない。
美咲はそんな自分をなんて可哀想なのだろうと思った。
涙の受け皿になったノオトに丸い染みがぽつぽつできていた。
気持ちが落ち着いたあと、ようやく細い指先で涙を拭った。
滲んでしまった表紙をハンケチで丁寧に拭いて、それから息を吐いた。
なんだかとても遠くに来てしまったような気がする。
こんな惨めに泣いたせいだろうか。
ノオトを見下ろした。
この中身を美咲は知らない。
叔父はどんな書き物も進んで読ませようとはしなかったから。
半ばぼんやりとしたまま、美咲はその掟を破ってみたくなった。
静かに指をかけ、ノオトを開いた。
なんだかあのとき読んだ官能小説のように暴かれたことのない秘密を覗き見るような、どきまぎとしたものがある。
壱頁目(いちぺいじめ)。
叔父の几帳面な、そしてどこか神経質そうな細い字で四つの題が書かれている。覚書の題名のようだ。
そのノオトと一緒に部屋を出て、叔父とよく座っていた廊下に腰かけた。
脚を庭に投げ出すと、日陰の涼しい風が脚の間を抜けてゆく。
届かなくなって久しい手紙の代わりに、和樹からこのノオトを与えられたような気がした。
細い文字が恋文のように愛おしくて、思わず指でなぞった。
薫風が渡るその場所で、美咲は次の頁を開く。



