惑わし総長の甘美な香りに溺れて

「倒れたっつっても大したこと無いんだけどな」


 困り笑顔で頭を掻く陽は「でも」とお義母さんを見上げて続けた。


「心配かけて悪かったよ、母さん」

「……え?」


 珍しく、情を込めた目でお義母さんを見る陽。

 見開いた目でその視線を受け止めたお義母さんは、息が止まっているんじゃ無いかって思うほど静かに驚いているように見えた。


 あれ? 陽、今お義母さんのこと『母さん』って呼んだ?


 初めて会ったときから、陽がお義母さんのことをそう呼ぶのを見たことも聞いたことも無い。

 どうしたのかと思ったら、お義母さんが「ああ……」と声を震わせて目に涙を滲ませる。


「陽……もしかして記憶が、戻ったの?」

「ああ。……ホント、心配かけてごめん」

「陽っ!」


 泣きながら抱きつくお義母さんを陽は照れくさそうに受け止めていた。

 お義母さん、陽のことそんなに気にしていないように見えたけれど、本当はすごく心配してたんだな……。

 私の実母とは違う母親らしさに、ちょっとだけ陽を羨ましく感じる。

 でもそんな人が今は私の母でもあるんだって思うと嬉しくもあった。


 記憶が戻ったっていう陽のことは気になるけれど、今は二人だけにしておいた方が良いような気がする。

 私はその場をそっと離れて、陽の迎えが来たことを保健室の先生に伝えるために廊下へ出た。