二人だけの部屋で、折りたたみテーブルを挟んでパイプ椅子に座る。

「体は大丈夫?」

 肩をピクリとさせつつ、史香は返事をしない。

「どうして連絡をくれなかったんだよ。ずっと待っていたんだよ」

 あくまでも落ち着いて冷静に語りかけたつもりだった。

 だが、やはり史香は答えない。

「子供ができたんだろ?」

 単刀直入にたずねると、ハッとした目で顔を上げた。

 だが、すぐに狼狽の色は消えて、また感情を隠してしまう。

「どうして知ってるんですか?」と、冷たい声が返ってくる。

「里桜から聞いたんだ」

「私、教えてないのに」

「ん、そうなのか。まあ、いいさ。どうして黙ってたんだよ」

「あなたには関係のないことだから」

「そんなはずないだろ。俺の子だろ」

「違います」

「他にいるはずないじゃないか。だって、君は……」

 強い口調で史香がさえぎった。

「あれから、他の人にも抱かれました」

「まさか」

 蒼馬はまったく疑うことなく、苦し紛れの嘘だと見抜いていた。

「あなたは一目惚れなんて言ってましたけど、私のことなんか何も分かってなかったってことです。あなたが思っているような女ではなかった。それだけです」

 棒読みのセリフみたいな声が震えている。

「じゃあ、その男と結婚するのか?」

「いえ、一人で育てます」

「そんなのおかしいじゃないか」

 蒼馬はテーブルを回って史香の横にひざまずくと、その手を握った。

「嘘までつかせてすまなかった」と、頭を下げる。「そんなに苦しませた俺を責めてくれ。君の悩みを引き受けられなかった俺が悪いんだ。自分だけで抱え込むことはないんだよ」

 ため息交じりに蒼馬は続けた。

「期間限定とか、お試しとか曖昧なことを言ったのがいけなかったんだよな。君の心理的ハードルを下げるための方便だったんだが、誤解を与えてしまったんだろ。心配かけて悪かった」

 蒼馬は史香の手をそっと握り直した。

「さんざん迷ったり悩んだりしたんだろ。もっと早くこうしていれば良かったんだよな。すまなかった」

「あやまらないでください」と、史香がつぶやく。「私一人の問題ですから」

 蒼馬はいったんこらえて心を落ち着かせた。

「一人で抱え込まなくていい。史香だけの子じゃない。俺の子だろ。だったら、ちゃんと俺にも責任を取らせろよ。何度でも言うよ。俺が大事なのは史香なんだよ。遊びでも演技でもなく、お試しでもなく、これは運命なんだって」

 蒼馬は立ち上がると、座っている史香の肩を抱き寄せた。

 胸で頭を包み込み、髪に頬を寄せてささやく。

「お願いだから、俺の話を聞いてくれよ。俺の愛が罪だというのなら、俺は地獄の底から這い上がってでも君を探しに来るよ」

 そして、蒼馬は史香の髪を優しく掻き撫でた。

 ――初めて愛し合ったあの夜のように。

「愛してるよ。今までもこれからもずっと」

 史香の肩を抱く蒼馬の手に滴が一粒垂れた。

 ひとしずく、もうひとしずく。

「愛してすまなかった」

 史香はうつむいたまま首を振った。

 蒼馬の手に自分の手を重ね、声を抑えて泣いている。

「幸せになろう、三人で」と、蒼馬がプロポーズの言葉をささやく。

 おなかに手を当てながら、史香は静かにうなずいていた。