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 目を開けたとき、見知らぬ部屋に戸惑いながら、史香は体を起こした。

 どうやら自分は男の腕を枕にして眠っていたらしい。

 枕元に埋め込まれたデジタル時計に触れると暗い部屋に薄い明かりが浮かび上がった。

 朝の四時だった。

 かたわらでは遊び疲れて眠る夏休みの少年みたいに男が安らかな寝息を立てている。

 昼間は見せたことのない隙だらけで無防備な寝顔に、史香はそっと口づけた。

 ベッド脇に散らばる服をかき集めると、忍び足で寝室を抜け出し、バスルームへ向かう。

 広いリビングを挟んで正反対にあるから音で起こしてしまうことはないだろう。

 大きな鏡に自分の裸身が映っている。

 何か変わったところはあるだろうか。

 背中を映してみても何もないし、近づいてみても、ひっかき傷や口づけの痕すら残っていない。

 あらためて思えば、蒼馬の愛撫は繊細だった。

 抱かれている最中は羞恥心で顔が破裂しそうで目を開けていられなかったから、そんな優しさを感じ取る余裕もなかった。

 はっきりとは覚えていないが、無意識のうちに自分は相当はしたない声を上げていたような気がする。

 思い出すと体がうずいて火照り出す。

 史香は熱いシャワーを出すと、滝に打たれる修行僧のように頭からかぶった。

 シャワーヘッドを手に取り、下半身を洗い流す。

 特に痛みはないし、血の臭いもしない。

 自分は本当に一通りの体験をしたんだろうか。

 蒼馬は満足したんだろうか。

 ふと、さっき見た安らかな寝顔が思い浮かぶ。

 体は一つに結ばれても、お互いのことは何も分からないんだ。

 なのに、なんで恋だの愛だのって心を煩わせるんだろう。

 シャワーを終えた史香は髪を乾かすと、服を着て簡単に身なりを整え、バスルームを出た。

 男は寝室から出てくる気配はない。

 広いスイートのリビングを一通り見回して史香は部屋を出た。

 コンシェルジュだろうか、この時間でも隙のない係員が待ち構えていて、すぐにエレベーターを呼び、ドアを開けて招き入れてくれた。

 目を合わせるのが恥ずかしくて顔を上げられない。

 ドアが閉まり、階数表示が変わっていく。

 これまでも蒼馬は自分のような女を何人もここに連れてきていたんだろうか。

 きっとそうなんだろう。

 自分は、そのうちの、ただの一人。

 早くここを出なければ。

 下に着いたエレベーターが開き、しんと静まりかえったロビーを出口に向かって足早に歩く。

 外は真っ暗だ。

 そう言えば、もうすぐ冬至だっけ。

 クリスマスよりも、そんな暦を思い出す自分を笑ってしまう。

「お客様、タクシーをご利用ですか?」

 コートを着たドアマンに白い息でたずねられて史香は頭を下げた。

「お願いします」

 車寄せに来たタクシーに乗り込むと、史香は行き先を告げて深くシートに体を預けた。

 車が一台も通らないメインストリートを抜けてタクシーがベリが丘タウンを離れていく。

 昨夜は明かりが散らばっていたホテルも今は闇夜に沈んでいる。

 思えば、夢のような体験だった。

 本当に夢だったのかもしれない。

 ――夢と知りせば覚めざらましを。

 ううん。

 これでいいんだ。

 夢だったことにしておいた方がいいんだよね。

 いつかは覚める夢ならば、もう二度と見られないんだから。

 本当に夢だった方が気が楽でいい。

 史香は膝の上で拳をギュッと握りしめた。

 ――さよなら。

 なんでだろう。

 急に涙が出てきちゃった。