限られた空間で前に後ろに距離をとりつつ、鬼が白黒の腕で鞭のように振る弦を避け、合間に生じる隙を見逃さず攻撃を繰り出す。振り払うよう力任せに床を叩く腕、しかしそれは誰に当たることもなく。

 唯一の一年生である朝木留衣が眼前へと手を伸ばす、彼の意思のもと現れた無色の球体が、手の動きのままに鬼へと向かう。
 まだまだコントロールが甘く致命傷とはならないまでも、回転のかかった球は鬼の体表を打って音楽室の方向へ弾き、そのまま注意を引き付けた。

 懐まで一気に距離を詰めた結希は、刀を握り直すと下方から斬り上げる。

「大丈夫ですか、先輩」
「うん、ありがと朝木くん」

 彼らの目の前で、ピアノが本来の姿を取り戻す。鬼が剥がれた証だ。それぞれ周囲に残滓が見当たらないことを確認し一息吐く。
 終業のベルが鳴るまでに済ませられたことに、米倉や山本も満足そうに頷く。

 どうにか教室の中で退治を果たせた、急いでピアノを定位置に戻せば何事もなかったように見えるだろう。調律は……さすがにどうしようもない、とりあえず事情を知る生徒会にでも報告を上げようかと、手早く話がまとまる。

「――お疲れ様」

 おもむろに拍手が打たれる。原状回復していない今、見えない壁はまだ校舎の一部を囲っていて、部外者など入っては来られないはずだった。
 ハッと振り向く特別執行委員たちの前に、ゆったりとした足取りで男子生徒が歩み寄る。
 米倉と背格好の似た、しかし彼より線の細い印象を受ける人物だった。眼鏡のやわらかな笑みで、

「でもさ、」

 視線を、彼らの奥へと向けて。

「その娘、憑かれてるよ」