妖帝と結ぶは最愛の契り

(まさか……そんなはずないわよね? これほど早く予知の出来事が起こるなんて今までなかったもの)

 きっと予知とは関係のないものだ。
 それに、万が一予知した出来事であっても自分が出来ることはない。
 予知を変えられるのは弧月だけなのだ。

 そう言い聞かせながら響く犬の声を聞いていたが、どうしても気になる。

(少し、様子を見に行くだけなら……)

 小夜には大人しく部屋で待つと言ったが、野犬の鳴き声は宣耀殿に程近い場所から聞こえてくる。
 部屋からは出てしまうが、宣耀殿からさほど離れた場所でないなら様子見くらいしてもいいのではないかと思った。

「す、少しだけ」

 誰にするでもない言い訳を口にし、美鶴は筆を置いて立ち上がる。
 供もつけずに出歩くなどみっともない行為だと小夜に叱られるだろうか?

 だが、妖帝である弧月の妻が美鶴一人だけという現在の後宮は単純に人が少ない。
 ましてやこの宣耀殿の周囲は弧月の命によって人払いがされている。
 信用できない者の出入りを避けるため、“用事のないものは近付くな”と言ったのだと以前弧月が話していた。
 それでも念のため、と扇を開き顔を隠すようにして縁側に出る。

 先ほどから止まぬ吠え声は美鶴の胸に靄として今も宿る。
 その靄は焦燥に代わり、進む足を急かした。