妖帝と結ぶは最愛の契り

***

 目の前を茶色いふさふさが何度も横切る。

(ああ……やはり可愛らしい)

 触ってもふもふしたいとつい思ってしまう。
 駄目だと思うのに、触らせてなど貰えるわけがないのについ目が行ってしまう。

(いえ、でも駄目よ。最近私我が儘がすぎるわ)

 目を閉じ軽く(かぶり)を振って欲求を自制する。
 そうして意識を切り替えようとしていると、その少女たちから指摘が飛んできた。

「美鶴様? 手が止まっておられますよ?」
「小夜姉さまが戻るまで、その歌を書き写すようにと言われていたのではないのですか?」

 はっとして目の前の文机を見る。
 置かれた紙屋紙(かやがみ)には文字が一行書かれているだけで止まっていた。

 小夜は引っ越し先である弘徽殿を整えるために宣耀殿を離れている。
 その間に手習いとして用意された歌を書き写すように言われていたのだ。

「ごめんなさい、少しぼうっとしてしまったわ」

 素直に謝ると呆れのため息を吐かれた。

「まったく、しっかりして下さいませ」
「一瞬予知の白昼夢でも視られているのかと思ったではありませんか」

 (うちぎ)の五つ衣の色合いが違うだけの、まったく同じ姿で叱られると申し訳ないと思う反面可愛らしいと思ってしまう。
 そんな自分を内心𠮟りつけながらもう一度ごめんなさいねと微笑む。
 筆の墨を付け直し、手習いを再開しようと向き直ったとき。