「美鶴様、今日の花は萩でございます」

 御簾越しに、可愛らしい赤紫の花のついた枝葉を掲げた時雨。
 近付き受け取った小夜は、慣れた仕草でしずしずと美鶴の元へ来て萩を手渡してくれる。

「ありがとうございます。……萩はもう見納めでしょうか」

 死ぬはずだったところを助けられ、妖帝の妻となったあの日からはや三月(みつき)が経とうとしていた。
 夏の盛りだった暑さも、朝晩が辛くなる寒さになってきている。
 あの日から弧月とは一度も会えていない。
 だが、あの日言った通り毎日花は欠かさず使いの者が持ってきてくれていた。

(でも、その使いが次期右大臣と言われている時雨様だというのはやはり畏れ多いと思うのだけど……)

 そう、弧月と親しい様子から見てもかなり近しい立場だと思っていたが、時雨は弧月の従兄であり次期右大臣となることがほぼ決定している側近でもあったのだ。
 いずれは左大臣にもなるだろうと言われている方だと初めて知ったときは、何という方とお話していたのだろうかと青くなった。自分の行動を思い返し、粗相をしていなかっただろうかと頭を悩ませた。

 小夜には「謙虚すぎる美鶴様が時雨様を怒らせるほどの粗相をしたとは思えませんが?」と呆れられたが。

 ちなみに小夜はそのまま美鶴の腰元となっていた。
 小夜も妖で、当然ながら貴人である。
 そんな貴い身分の人が妖帝の妻となったとはいえ平民である自分に仕えるなど畏れ多いと言ったのに、妖帝の妻に一人も腰元がつかない方がおかしいでしょうと逆に(たしな)められてしまった。