「それにしても、弧月様は運命すらもねじ伏せるほどの妖力を持つと言われておりましたが……まさか本当にねじ伏せるとは」

 冗談交じりの時雨の言葉に、弧月は「ふむ」と何か考えるそぶりを見せる。

「予知か……それならば俺の役にも立つ。娘、美鶴と言ったな?」
「は、はい」

 改めて呼ばれ居住まいを正した美鶴に、弧月はその紅玉の目に強い意思を宿らせ告げた。

「その力、俺の妻として俺のために使え」
「は、はい!……え? 妻?」

 思わずよく考えもせず返事をしてしまったが、今この妖帝は何と言っただろうか?

(妻とおっしゃった? え? 聞き間違い?)

「そなたはここで死ぬはずだったのだろう? ならば今までのそなたは死んだことにして、これからは俺の妻として生きるがよい」

 続いた言葉に聞き間違いではなかったことを知り、ぽかんと間抜けな表情を(さら)してしまう。
 そんな美鶴に、弧月は目力を緩め微笑んだ。

「運命をねじ伏せる俺の元にいれば、その死の運命からも逃れられよう?」

 慈しみが込められた優し気な眼差しにはっとする。
 このお方は自分を守ろうとしてくれているのだ。

 予知の力が役に立つからというのもあるのだろう。
 だが、多くいる平民の一人でしかない自分を救おうとしてくれる思いを感じ取り、感銘を受けた。
 平民を取るに足らないものと切って捨てる貴族も多いと聞くのに、このお方はそんな人間すらも救おうとしてくれている。

(このお方の力になりたい)

「……はい。私の力がお役に立つのであれば、主上に仕えたいと存じます」

 殊更丁寧に頭を下げた美鶴は、その胸に希望という名の(ともしび)を宿したのだった。