「娘! 無事か⁉」

 何が起こったのかと呆然とする美鶴の目の前に、青の炎を追うように男が一人現れた。
 明らかに上質と分かる狩衣(かりぎぬ)姿に烏帽子(えぼし)を被った出で立ち。
 僅かに解けている冠下髻(かんむりしたのもとどり)は見たこともない白金色で、整った面差しをしている。
 そして、美鶴を映す目は紅玉を思わせるほど美しかった。

 あまりの美しさにまた別の意味で呆然としてしまう。
 だが、反応のない美鶴に美しい男は焦りを見せもう一度問うた。

「どうした? 怪我をしたのか?」
「え? あ……いえ、怪我はありません」

 正面に来た男に反射的に答える。
 そう、怪我はない。……怪我すらしていない。

(どうして?)

 自分は今死ぬはずだった。なのに死ぬどころか怪我一つしていないとは……。

「……何故?」
「は?」

 思わず零れてしまった問い。
 だが、避けられぬはずの予知が避けられた。
 覆らないはずの未来が覆った。

「あり得ない……予知が、外れるなんて……」

 美鶴は驚きに見開いた黒の目に男の姿を映したまま呟く。
 彼の美しさに呆けていた頭が徐々に働き出すと、ありえない事実にただただ震えた。