「嬢ちゃん、さっきから見ていればこんなところをうろうろと。何をしているんだ?」

 ついには声をかけられ、美鶴は慌てて顔を上げる。
 不審者と思われてしまっただろうか。
 などと思ったが、見上げた男の顔を見て違うのだと理解する。

「ほお……みすぼらしいなりをしてるが、なかなかのべっぴんじゃねぇか」

 にやにやと下卑(げび)た笑みを浮かべる無精ひげの男。
 明らかに親切心や正義感から声をかけてきたわけではないことが分かる。

「今日はついてるぜ。値が張りそうな反物にいい女も見つけるなんてな」

 そう言って上げた男の左手には、紫地の古路毛都々美(ころもつつみ)

「反物?」

(反物って、もしかして……)

 春音への土産かもしれないと瞬時に思ったからだろうか、美鶴は“反物”という言葉につい反応を示してしまった。

「おや? 嬢ちゃんはこれを探してたのかい?」

 笑みを崩さぬまま男は布を開いて見せる。

(藤柄の反物。父さんの言っていた土産の品だわ)

 聞いていた特徴と一致する。
 だが、男の様子からして簡単に返してもらえるとは思えなかった。
 それに、例え返してもらえたのだとしても自分はこれを持って家に帰ることはないのだ。目の前の反物が春音の手に届くことはないだろう。