マリーズは驚きすぎて声もなかった。まさか、ダミアンが今更戻って来るなんて。

「本物ですか? いったい今までどうしていたんですか!」
「しっ、こっちこそ驚いたよ。父上が死んだと噂に聞いて戻ってきたら、オレールが跡目を継いでいるなんてさ」

 前領主が亡くなって、もう八ヵ月が経っている。
 どこにいたのか知らないが、今更来られても遅いのだ。

「……もっと早く戻ってきてくださればよかったのに」

 マリーズは、ダミアンが神童と言われていた時期を知っている。今はオレールの手で無事に蘇ったダヤン領だが、彼がいれば、もっといい未来があったかもしれない。

「と、とにかく、そんな茂みからは出てきてください」
「ああ」

 マリーズは一瞬目を疑った。ダミアンは昔からおしゃれだったはずなのに、なんだか薄汚れた格好をしている。

「今までどこにおられたのですか」
「領主として修業しようと思ってね。いろいろな領土を転々としていたんだ。三年もかけるつもりじゃなかったんだが」
「連絡先だけでも教えてくれていれば、領主様がお亡くなりになった時にすぐご連絡差しあげましたのに。と、とにかく、オレール様に伝えてきま……」
「マリーズ、あの女は誰だ?」

 彼が指しているのは、ブランシュのことだろう。

「神託により嫁いでこられた聖女様です」
「神託?」
「ええ。リシュアン神の神託です。暮れの土地の領主──つまりオレール様とブランシュ様を結婚させるよう言ったそうです」
「暮れの土地の領主? それでオレールと?」
「ええ。その神託が出た日に、ちょうどオレール様が領主交代の報告に神殿を訪れたのだそうで」
「ずいぶんいいタイミングだったんだな」

 言われてみれば、確かにタイミングが良すぎる話だ。
 暮れの土地とは、陽が沈む西側の領土を指している。辺境伯家で言えば、ダヤン領と西南にあるコワレ領だ。
 コワレ領の領主は四十代の既婚者で、この神託には当てはまらない。
 しかし、ダヤン領では、仮に前領主が生きていたとしても対象者となる。彼は妻を亡くしていて独身だったからだ。
それがたまたま、オレールが領主交代を報告したときに神託が下りるなんて……。

「まさか、……ふたりが結託して……?」

 ぽそりとつぶやいた。領主になる自信のなかったオレールと、神殿を出て自由になりたかったブランシュ。オレールはずっと騎士団員として王都にいたのだ、ふたりがもっと前からなんらかのきっかけで知り合い、結託して神託を捏造することは可能だったのではないだろうか。
 マリーズの様子を見て、ダミアンはにやりと笑う。

「なにか、思い当たることでもあるのか? マリーズ」
「それは……じ、実はダミアン様。これはほかの誰も知らないことなのですが」

 マリーズは最初に聞いたブランシュの言動をダミアンに話した。
 ダミアンは少し考え込んだ後、「ではオレールは彼女に騙されているか、結託しているかのいずれかというわけだ」とまとめた。

「どうしましょう、ダミアン様」
「どうもこうも、奪われたものは取り返すまでだろう。マリーズ、悪いが協力してもらうぞ」
「も、もちろんです!」

 こんな不穏なやり取りが、生誕祭で湧く屋敷の裏側で行われているなど、誰も気づいてはいなかった。