「掃除道具を貸してくれる?」
笑顔でそれを受け取り、「中央神殿では聖女が掃除するものだったのよ」と手伝いさえも拒んだ。
マリーズとベレニス、そして水晶の間に案内した神官は、閉じられた扉を前に、言葉もなく立ち尽くした。
「ずいぶん、働き者なのねぇ、聖女様って」
ベレニスが感心したように言う。しかし、マリーズは確かに聞いた。もう慈善事業などごめんだと言った彼女の言葉を。
「ううん。わからないわよ。初日だから張り切っているのかもしれないし」
「みゃあ」
すっと、足元をルネが通り抜けていく。
「ルネ様」
ルネが扉をガリガリとしようとしたので、慌てて少しだけ開けてみる。
「ブランシュ様、ルネ様が入りたそうにしているのですけれど」
「入れていいわよ。ここは中央神殿じゃないしね」
マリーズたちも中を覗くと、ブランシュは水晶を磨いているところだった。
水晶は時折虹色に光る。まるで、喜んでいるように。
「水晶が光っている」
それは、長年この屋敷にいるマリーズもあまり見たことがない状態だ。
「リシュアン様が喜んでいるのよ」
「えっ?」
「……そうですか。ふふ。まあ、ドロテ様が?」
まるで会話でもしているように、ブランシュは水晶を磨きながら話している。
マリーズは自分の目に映るものが信じられなかった。
慈善事業などやるつもりはないと言っていた聖女は、あまりに楽しそうに掃除をしているのだ。
「すごいわ。さすが聖女様」
ベレニスは完全に聖女に心酔してしまったようだ。
しかしマリーズは昨日の会話が引っかかって、信じきることができない。
(見ているところで勤勉にしているのは、皆を油断されるためかもしれないわ)
「ベレニス、清掃が終わられたら、掃除道具の片づけをお願いします。私は朝食の準備の様子を確認してきます。ルネ様のご飯もいるでしょうし」
「ええ。わかったわ」
ひとり、先に抜け出し考える。
(神と会話をしていた。やっぱり、間違いなく聖女? でもそれすら演技だったら?)
渡り廊下を、鍛錬終わりのオレールが歩いているのが見えた。
「オレール様」
「マリーズか。ブランシュ殿はどうしてる?」
「今、水晶の間を清掃しておられます。いいのでしょうか。奥様となられる方に清掃など」
「彼女がしたいと言っているんだ。させてやってくれ」
通常、領主の奥方は清掃などしない。マリーズはそこも気に入らない。
(オレール様がお許しになるのも、なんか解せないわ。オレール様は領主には向いてないし、ブランシュ様も……)
マリーズはなんだか複雑な気分だ。領主夫妻のことを本当に信用していいかわからない。
(……ダミアン様がいればよかったのに)
三年前に突如消えたダミアンを、マリーズは幾度となく思い返していた。そしてそのたびに、領主にふさわしいのは彼なのにという感情が湧き上がる。
今も、戻って来てあの二人を追い出してくれないかしらなどと、不敬なことを考えていた。



