ジンジャーは野良猫だけど、以前は人に飼われていたのか人懐っこかった。
 咲良のアパートでは飼うことはできなかったけれど、こっそり餌をやったりして、かわいがっていたのだ。
 だから見間違えたりしない。この外見は、間違いなくジンジャーだ。

「どうして私の記憶の中が見えるの? あなた、いったい何者なのよ」

 ブランシュが怯えたまま問えば、猫はかわいらしい姿でみゃーと鳴くと、とんでもないセリフを吐いた。

《僕? 僕は建国の賢者ルネ。思念体だから、どんな姿にでもなれるんだ。それに、その気になれば、誰の心の中も読み取れる。でも君の記憶のような世界は見たことがないよ。あの世界はなに?》

 そんなの、ブランシュだってわからない。あれが前世ということ以外は。
 言いよどんでいるうちに、先ほどブランシュに見張りを頼んでいった下働きの娘が、下男を連れて戻って来た。

「こ、こっちですっ。ああブランシュ様、遅くなってすみません。下男を連れてまいりました」

 床に座り込んだままのブランシュを見て、慌てて駆け寄り、起こしてくれる。

「ありがとう。大丈夫よ。ネズミは逃げてしまったみたい。この猫が追い払ってくれたの」

 ブランシュは、慌ててルネを抱き上げる。

「猫? どこから入って来たのでしょう」
「さあ、わからないけど賢い子みたい。助けてくれたのだもの、今日は私の部屋で預かるわね」
「あ、はい……」

 あっけにとられたような下働きの娘と下男をその場に残し、ブランシュは急ぎ足で自室へと向かった。