そんな日々が一週間ほど続いたある日、辺境伯はシプリアンを呼び出した。

「シプリアンはいるか?」
「はい、旦那様、ここに」
「紙とペンと、小神殿から神官を呼べ」

 六つある辺境伯家には、それぞれ神の宿る水晶が納められている。それは敷地の中央にある小神殿にまつられており、屋敷はそれを囲むように増築が繰り返されていた。
 小神殿には神官が数名勤めており、水晶をはじめとした聖遺物を管理しているのだ。

「はっ」
「……それと、オレールもだ」
「はい」

 シプリアンは迅速に対応した。執務室で帳簿の確認に頭を抱えていたオレールも、呼び出されて父の寝室へとくる。
 神官が枕もとに立ち、父の遺言となる言葉を書き写していた。

「父上、大丈夫ですか?」

 弱った父へ湧き上がる感情は、言葉にしがたい。悲しいと言うよりは、情けないような悔しいような感情に近い。
 オレールにとって、父はずっと絶対的な存在で、弱さを見せられることなどなかったのだ。

「オレール。私はもう長くはない。ダミアンがいない今、お前にこの領を任せたい」
「父上?」

 オレールは目を見張る。それは今まで一度だって言われたことのない言葉だったのだから。

『オレールは二番目だから、勉強などしなくてもいい』
『ひとりで生きていく力をつけなさい』

 そんな言葉で引き離されて、オレールは父とも兄とも疎遠になっていった。

「どうか、……ダヤン領を守ってくれ」
「……父上、待ってください、父上!」

 そのまま意識を失った父は、数日後、一度も意識を戻すことなく、亡くなった。

 親戚や、親しくしていた貴族に連絡をするも、ダミアンがどこに行ったのかは皆目つかめない。結局、父の遺体と対面させることができないまま、葬儀を済ませてしまった。
 葬儀の一部始終が終わり、不安げな使用人たちを前に、自身の不安は心の奥に封印して、オレールは顔を上げた。

「父の遺言に従い、俺がこの領地を引き継ぐ」

 屋敷の者は皆、不安そうだ。
 屋敷の人間は、ダミアンとオレールの違いを昔から知っている。頭のいいダミアンと、力が自慢のオレール。
 適性を考えていたからこそ、父はダミアンにしか領主教育を施さなかったのだろう。

「シプリアン、一度王都に行って、騎士団に退職願いを出してくる。中央神殿に領主の交代も伝えなければならないだろう。その間、屋敷のことは任せてもいいだろうか」
「ええ。お任せください。旦那様」
「ああ。頼りにしている」

 オレールは微笑み、父の墓前にダヤン領を守ることを誓った。