ここは精霊ライネケの神殿近く。
 雑草の茂る草原である。

 私、リアム・ルナールは苦悩していた。

 可愛い……。ルネが可愛くて困る……。

 草のあいだから見える銀色の尻尾が、楽しそうにヒョコヒョコと揺れている。
 隣では、ライネケ様がルネに薬草について教えている。
 まるで娘を慈しむような目でルネを見ている。

「これもお薬になるの? これも?」

 ルネは真剣な顔をして、ライネケ様の話を聞きながら、腕に提げたカゴへ薬草を摘んでは入れる。

「ああ。我が輩は役に立つだろ? ダーキニーより役に立つだろ?」
「もっちろん!」

 ルネは、ライネケ様を見てニコリと笑う。
 すると、ライネケ様は満足そうにルネの頭を撫でた。

 ルネが嬉しくて嬉しくてしかたがないというふうに目を細めた。
 穏やかな微笑みは、全幅の信頼を寄せている証しだ。
 銀の耳はライネケ様の手をハシハシ叩き、尻尾はブンブン振れている。
 ライネケ様はルネを抱き上げ、頬ずりをした。

 ルネが……ルネが可愛くて……、悲しい。

 ふたりの銀色の髪が混じり合う。
 青空の中でキラキラと光る。
 精霊の親子だと言われれば納得してしまう、美しく尊い風景。

 私が入る隙間はない。

 見ていられなくて、きびすを返した瞬間。

「お兄様ぁ!!」

 ルネの声に、反射的に振り返ると、彼女はライネケ様の腕の中で大きく手を振っていた。

 ルネは、ライネケ様の耳になにかを囁いた。
 そんな些細な仕草に嫉妬する。

 ライネケ様は私を軽く睨むと、ルネを薬草畑に下ろした。

 ルネが私に向かって駆けてくる。
 ライネケ様に見せるような穏やかなものとは違う。

 千切れんばかりに揺れる尻尾、耳はピーンと私をとらえる。
 紫の目は私だけを見て、真っ直ぐ真っ直ぐ駆けてくる。

 月の光に例えるには、眩しすぎるその微笑みにクラリと目眩する。

「お兄様! どうしたの?」

 息を切らし、駆けながら問いかけるルネが愛おしい。
 私の前にたどりつくまで、待ちきれないのだ。

「帰っちゃうの? 帰らないで!」

 ルネはそう言うと、ドシンと私に飛びついた。
 薬草の入ったカゴが飛ぶ。

 私はルネを抱き留めて、思わず尻餅をつく。

 倒れ込んだ草原から、タンポポの綿毛がそれに舞い上がった。

「邪魔しちゃ悪いかと思って」
「お兄様が邪魔なんてないもん!」
 
 ルネがプンと頬を膨らます。
 手足を絡ませて、ついでに尻尾も絡ませて、しっかり私をホールドする。

 あったかい。体中がほかほかしてくる。

 ギューッと尻尾が私にしがみつく。

「ぅ」

 幸せで、苦しくて、思わず声が漏れてしまう。

 ルネはハッとして力を弱め、オズオズと私を窺い見た。

「お兄様、大丈夫? 痛かった?」
 
 ウルウルと不安そうに揺れる紫色の瞳は、朝露に濡れた葡萄のようだ。
 
 誘われるように、瞳に唇を寄せると、ルネは無邪気に微笑んだ。

「痛くない?」
「うん、痛くない」
「良かった!」

 フンフンと揺れる尻尾に、タンポポの綿毛が絡みついている。
 
 ルネの尻尾に手を伸ばし、タンポポの綿毛をつまんだ。

「っ!?」

 ルネがビクリと驚いて、顔を赤らめ恨めしそうな目で私を見る。

 私は、尻尾から取った綿毛をルネに見せてから、息で吹いて空に放った。

「ついてたよ」
「……! 一言言ってください!」

 プンと膨れるほっぺたに指を指す。

「怒らないで、ルネ」
「ふーんだ」
「るーね?」
「……」
「るーね?」
「……」
「ごめんなさい」

 黙るルネに慌てて謝れば、ルネは唇を尖らせて私を睨んだ。

「一言言ってね?」
「うん、わかった」
「特別なんですからね?」

 そう言われて、胸がズキュンと打ち抜かれる。

「特別?」
「そうです! 私のお尻尾触って良いのは、お兄様だけなんだから!」

 フンスと鼻息荒く力説されて、私は思わず噴きだした。

 ルネが可愛くて困る。本当に、泣きたいくらいに愛おしい。

「可愛いね、ルネ」
「あー!! 馬鹿にしてる! お兄様なんか、こうなんだから!!」

 ルネが私を押し倒すと、森の小動物がやってきて、ルネと一緒になって私の体に乗っかった。
 私は動物や子供に怖がられがちなのに、ルネがいるとそれもない。

「もうこれで逃げられないんだから!」

 ルネはドヤ顔で勝ち誇っている。
 私はそれがくすぐったい。

「まったく、人間は愚かだな」

 ライネケ様は私達たちを見て、呆れたように笑っている。

「お兄様は愚かじゃないもん!!」
 
 ルネが憤慨したように尻尾をバフンと打ち付けると、タンポポの綿毛が空へ一斉に旅立っていった。