私はルナール侯爵家に連行された。

 精霊ライネケ様の使わした娘として、賓客としての扱いだ。
 
 温かい風呂に入り、新しいドレスを着せられて、孤児だった私は美しく生まれ変わった。
 ルナール家のメイドの手によって、銀の髪はツヤツヤと輝き、天使の輪が光っている。

 ここは、ルナール侯爵家の客間である。
 侯爵と侯爵夫人を待っているのだ。

 私は鏡の前で、キツネの耳をピクピクと動かしてみる。

 ……これは、かわいい。

 自分のことであるが、とても可愛い。

 クルリと回ってお尻を見た。
 長いドレスのお尻の部分が不自然に盛り上がっている。
 フワフワの尻尾がドレスの下に隠れているのだ。

 これじゃ魅力が半減ね。それに動きにくいし……。

 そう思っていると、リアムが部屋にやってきた。

「不自由はありませんか?」

 そう言いながらチラリと私のお尻を見る。
 もっこりとしたドレスが不自然なのだろう。

 恥ずかしい!

 私は思わずお尻を押さえた。

「すみません」
 
 リアムは無表情ではあるが、不自然に目を逸らした。

「いえ、スカートが膨らんでいておかしいですよね」
「そのドレスでは不便ですか?」

 アワアワと私が言うと、リアムが尋ねる。

「……はい……。尻尾が窮屈なんです……」

 オズオズと答える。

「では、尻尾が出るようなスカートを作らせましょう」

 リアムの提案に、思わず嬉しくて、顔を上げた。

「ほかに気になる点はありませんか?」

 リアムに聞かれ、私は戸惑った。

 正直にお願いしたら図々しいかな……。

 言いよどんでいる私を見て、リアムはもう一度尋ねた。

「正直にお話ください。慣れない場所でお困りでしょう」

 真面目な口ぶりに、私は正直にお願いすることにした。

「あの、豪華な丈の長いドレスになれていないので、町の子供が着るような丈の短めなスカートにしていただけませんか?」
「そんなことですか。簡単ですよ。あとで、仕立屋を呼びましょう」

 リアムはそう言うと、椅子に座り、トントンと自分の太ももを叩いた。

「ルネ様。ここへどうぞ」
「? ここって……?」

 私は意味がわからず小首をかしげる。

 すると、控えていたメイドが私を抱き上げ、リアムの膝に乗せた。

「ふぁ!?」

 驚く私を見て、メイドたちはニヨニヨと笑った。

「あの!? 小公子様?」
「なんでしょう?」
「なんで、ここに?」
「ルネ様はお小さいから、テーブルに手が届かないでしょう?」

 さも当然のような顔をして、リアムは言う。

「たしかに、そうですけど……」

 私は前世とのあまりの違いに動揺を隠せない。
 前世では無口で無表情だったリアムに壁を感じ、私は嫌われていると思っていた。
 しかし、今世のリアムはケモ耳姿の私にとても優しい。今もキツネ耳をさりげなく撫でている。

 お兄様は、ムッツリもふ好きなのね。

 そう思いつつ、撫でられるのは心地よい。

 目の前に用意された菓子たちに、グゥとお腹が鳴る。
 ルナール侯爵家に来る前は、いつもお腹を空かせていたのだ。

 私は恥ずかしくなってうつむいた。
 耳まで真っ赤である。

「ルネ様、どうぞお食べください」
「いえ……侯爵様もまだですし……」

 お腹が空いてしかたがないが、お菓子から目を逸らし頑張って堪える。
 はじめから無礼だと思われたくない。

 そう思って思い出す。
 前世ではあたえられた食べ物をガツガツと食べたのに、それについて咎められたことはなかった。 
 当時は気がつかなかったが、侯爵家の人々は、寛大だったのだ。

 あのときはわからなかったけど、お妃教育を受けた今では、どんなにありがたいことかよくわかる。

 お菓子から目を逸らし、堪えている私を見てリアムは小さく笑った。

 そのレアな微笑みに、私はキュンとなる。

 リアムはクッキーのひとつを手に取り、私の口元へ持ってきた。

「では、ルネ様。失礼します。あーん」

 優しい声、甘い香りに誘われて、一瞬唇が開きそうになる。
 しかし、私はフルフルと首を振った。

「ルネ様が食べてくれないと、私も食べられません」

 リアムがそう言って、クッキーを私の唇に押し当てた。
 私は観念して唇を開く。

 懐かしいクッキーの味が口の中に広がった。

「美味しいっ!!」

 王宮では野暮だと笑われる田舎風の固いクッキー。でも、それが今はとてつもなく美味しい。

 ルナール領は王都に比べて貧しいのだ。砂糖もバターも贅沢品だ。だから、侯爵家といえどもそうたくさんは使わなかった。

 懐かしさと嬉しさで、涙が零れる。

 リアムは少し驚いたように瞬きし、私の涙を指で掬った。

「そんなに美味しかったのですか? いっぱい食べてください」

 コクコクと頷くとリアムはメイドに命じる。

「クッキーの皿をここへ」

 メイドはクッキーの皿を持ってきて、私の膝の上に置いた。

「一緒に食べましょう」

 リアムは静かにそう言って、私の膝の上に置いた皿から、自分もクッキーを一枚食べた。

「美味しいですね」
「はい! 美味しいです!」

 一度食べてしまうともう止まらない。
 私は、ポロポロと泣きながらパクパクとクッキーを口に運んだ。

 今までの空腹もあって、あっという間にクッキーを平らげてしまった。

 リアムはそんな私の頭をナデナデと撫でた。
 その撫でかたが絶妙で、うっとりとする。お腹がいっぱいで、リアムの膝は温かく、眠たくなってくる。

 ああ、寝ちゃダメ……。ダメなのに……。

 ウトウト、ユラユラしていたところ、一組の夫婦がやってきた。