ここは、ドラゴンの巣の中である。

 今日も、ギヨタンと一緒に、治療にやってきているのだ。
 リアムもバルも一緒である。
 テオも一緒にやってきて、コツコツと階段の整備をしてくれている。

 ドラゴンの体調はドンドン良くなっていくようで、日に日に白く輝いていく。

「どうやら、王太子妃にはならずにすんだようだな。それで、リアムと婚約予定か」

 ライネケ様が笑う。

 テオは一瞬手を止め、金づちを落とした。
 カラン、と音が響き渡る。

 私がそちらを見ると、テオと目が合う。
 テオは、泣きそうな瞳で礼すると、慌てて金づちを拾った。

 スウと息をすうと、カン・カン・カン・カン・カン……と十回金づちを叩く。
 私を見ない口元が「おめでとうございます」と形を作った。

 私も唇だけで「ありがとうございます」と返す。

「えー!! 婚約予定って、どういうことだよ!!」

 バルが言う。
 バルとリアムは、ドラゴンの背中の上をデッキブラシで磨いていた。

「王太子があまりにもしつこいから、ルネの立場を明確にすることにしたんだ」

 リアムが説明する。

「でも、おかげで当分、王太子は王宮から出てこられなくなったの! 王太子殿下は謹慎処分ですって!」

 私が言えば、バルは喜んだ。

「そっか! 良かったな!!」

 でもさ、そう言ってバルはリアムをジト目で睨む。

「そういうことならさぁ、オレに前もって話してくれても良かったじゃん」
「なんでバルに言わなければいけない?」

 リアムがバルに答える。

「水くさいってヤツだよ……。それにさぁ、オレだってさぁ……」

 歯切れ悪くゴニョゴニョとバルは呟くが、私には聞き取れない。

「余計なことは考えるな」

 リアムがバルに答え、いつものイチャイチャがはじまった。
 しかし、場所はドラゴンの背中の上である。

(ああ、人間がうるさい)

 ドラゴンはぼやきつつも、ふたりを振り落とそうとはしない。

「あっ! なんか、ドラゴンの背中が白濁してる」

 バルが気がつき声を上げる。

(そろそろ脱皮の時期だな)

 ドラゴンが答える。

「次の脱皮ですか? その皮は食べられそうですか?」

 私はドラゴンに尋ねる。
 ドラゴンの脱皮した皮は、腐るとモンスターになってしまうのだ。普通であれば、ドラゴンが食べてしまうので腐ることはない。
 しかし、以前のドラゴンは、食欲不振で食べきれず腐らせてしまっていた。

(食欲は戻ってきたからな。食べ切れるだろう)
「良かった!! 今度の脱皮は食べ切れるみたいです」
 
 私がみんなに伝えると、口々に喜ぶ。

 ドラゴンはため息をついた。
 ライネケ様はニヤニヤ笑っている。

(人間は愚かなのだろうか? 愚かなのだろうなぁ)

 ドラゴンが言い、私は小首をかしげた。

(私の鱗は役に立つのだろう? 食べてしまったら損だろうが)
「ああ! でも、元気になった証拠です! みんな嬉しいですよ」

 私が答えると、ギヨタンも同意する。

「そうですよ、はやく元気になって、ドラゴンの本気が見たいです!! 口から火が出ますか? どれくらいの速さで飛べます? 私、乗せてもらえますかね? 乗せてもらえますよね?? だーって、こんなに身を粉にしてお世話してるんです。少しは恩を売りつけても良いですよね??」
(お前はもう口を開くな)

 げんなりした様子で、ドラゴンはため息をついた。

(まぁ、恩着せがましく色々言われるのも嫌だしな。ルナールに世話になっているのも事実だ。皮を食べるのは、栄養不足を補うためだし、代わりになる栄養をくれさえすれば、私は鱗にこだわる必要はない)

 ドラゴンがブツクサという。
 私は小首をかしげた。

 ライネケ様が笑って私の頭を撫でた。

「食事を運んでくれれば、脱皮した鱗をくれるそうだ」
「!! 本当ですか!?」
(……まぁ、そういうことだ。擬似魔鉱石だとかいったか? あれを作れば良い)
「ありがとうございます!! ねぇ、リアム! ドラゴンさんが脱皮した鱗を使って魔鉱石を作っても良いって!!」

 私が声を張り上げると、リアムとバルはドラゴンの背中から降りてきた。
 そして、ドラゴンの顔の前で、深々と頭を下げる。

「「ありがとうございます」」

 テオも、階段を整備する手を止めて、「ありがとうございます」と手を合わせた。

(フン、別に)

 ドラゴンはそう言うと、ふて寝をした。

「ドラゴンのくせに狸寝入りが得意なやつでな」
 
 ライネケ様がそう笑うと、ドラゴンはダシンと地面を打ち付けた。

「おおこわい、おおこわい」

 ライネケ様は笑っている。

「じゃあ、もう少し、ドラゴンの背中を磨こうか」

 リアムがバルに呼びかける。
 ふたりは、マッサージ代わりにドラゴンの背中をデッキブラシで擦っているのだ。

「私も、羽を磨きに行く!」

 私は柔らかな布を持って、ふたりについていった。

「また、鱗をもらえるなら、今度は流通させても良いかもしれないね」

 リアムが言う。

「鱗に塗るニスも、もっと工夫して綺麗にしたら良いんじゃない?」

 私が提案する。

「そうだな。修道院には絵が上手いヤツ、いっぱいいるし」
「日常使いできる安価な物と、芸術品のような高級品と、作り分けてみようか」

 ワイワイと相談する。
 
 またひとつ、ルナール侯爵領が豊かになる手段が増えそうだ。

「嬉しいな」

 私は天井を見上げた。

 天井の忌まわしい封印は解かれ、青い空が広がっている。
 おかげで、ドラゴンの周りには草花が生い茂りだした。
 蝶々が舞い、蜂が飛ぶ。
 昏くて闇の満ちていた場所だとは到底思えない。

 柔らかな風が吹いてくる。
 日差しも温かい。

「早く飛べるようになると良いね」

 私はドラゴンの翼を拭く。
 固くなっていた翼も、段々と柔らかくなってきた。
 きっと、また飛べるようになるだろう。

 ドラゴンが飛ぶルナール領を夢想して、すこしおかしかった。

 ドラゴンは伝説の生き物で、みな険しい山や崖など、人の近寄れない場所に住むという。

 それが、人とこんなに仲良いだなんて、誰が信じるかしら。

 パタパタと尻尾が揺れて、ドラゴンの背中に当たる。

(こら、ルネ、くすぐったいぞ)

 ドラゴンが笑い、背中が揺れる。

「わぁ! どうした!?」
「危ない! ルネ!!」

 リアムはデッキブラシをほっぽり出して、私を抱きしめた。
 私も尻尾で抱きかえす。

 ふたりで見つめ合い、幸せを噛みしめる。

「おーい、そこ、イチャイチャすんなよー!」

 バルがデッキブラシを振り回す。

 カン・カン・カンと、テオが金づちを鳴らすが、意味はわからない。

「リアム様とルネ様の子供は私が取り上げてあげますからね」

 ギヨタンが言い

「気が早いです!!」

 とリアムが怒る。

 ライネケ様がやってきて、私の頭をヨシヨシと撫でた。

「ルネ。お前は幸せかい?」
「はい、とっても幸せです!」

 私は自信満々に答える。

「これも、ライネケ様のおかげです」

 ペコリと頭を下げる。

「やはり、我が輩は偉大だな」

 ライネケ様は満足げに胸を反らした。

<妾を忘れるではないぞ>

 半透明のダーキニー様が現れる。

<私も協力したのだが?>

 葛の葉様まで現れた。

「もちろん、お狐様達のお力すべてに感謝しております」

 私は深々と頭を下げた。
 ふたりは満足そうに頷いた。

<しかし、まだ、こんなものではないぞ>
<そうです。米を植えましょう。おいなりさんを供えましょう>
「ワインだ! ワイン! ライネケ印のワインを王国全土に広げるのだ!!」

 賑やかなお狐様達に、ギヨタンが便乗する。

「ルナールの草花で、他の薬も作りたいですねぇ。センチメンのように特産物を作りましょう!」
「……あの、あの、運河の話もお忘れなく……!」

 テオが珍しく声をあげた。

「まだまだ、ルナールは良い領地になりそうだね」

 リアムが嬉しそうに笑う。

「うん!」

 私が微笑むと、バルがデッキブラシを振り上げた。

「オレも頑張る!! もっと、もっと、強くなって、ルナールを守れるようなすごい男になってやる!!」
「バルならなれるよ」

 私が言えば、バルは照れたように顔を赤らめた。


 みんなの力が合って、豊かになりつつあるルナール領。
 きっとこれからも、みんなで協力し合って、より豊かになっていくだろう。
 
 そんな未来を想像して、ワクワクする。

 リアムが私の手をギュッと握る。
 そして、決意を秘めた目で空を見た。

「一緒に幸せになろうね、ルネ!」
「うん!」

 私が答えると、ドラゴンが小さく羽ばたいた。

(おまえたちならなれる)

 白ドラゴンが言う。

「精霊ライネケ、ここに預言する『ルネ・ルナールは幸せになる』」

 ライネケ様がそう言うと、私に後光が輝いた。

「ちょっと、ライネケ様やり過ぎです!!」
「ちょっとした演出だ」

 ライネケ様が笑い、ドラゴンが笑う。
 リアムは眩しげに私を見た。

 洞窟の中は、笑い声と光で満たされていた。



                             おしまい