翌日の昼である。

 ルナール侯爵が沈鬱な表情で私の部屋にやってきた。
 リアムは険悪な顔をしている。

「晩餐会を開くことになった」
「そうですか」

 私は答える。

「……」
「……」
「……」

 沈黙が続いてハッとする。

「もしかして、私も出席するんですか!?」

 尋ねると、お父様は無言で頷いた。

 私は、金魚のように口をパクパクとさせた。

「っ! えっ! いやっ、あの、……なんで?」

 まったく意味がわからない。

「殿下は、町で一目惚れした少女を探してここまで来たとおっしゃった。ルネのことで間違いないか?」

 問われてポカーンとする。

「え? 私? ですか?」

 心当たりはない。
 
「昨日お忍びで、修道院の奉仕活動をする美しい娘を見初めたとのことだ」
「修道院の……」

 私は小首をかしげる。

「ああ! 変なヤツ! いた! フード被ってさ『あれがほしい!!』ってルネに指差してたお坊ちゃん」

 バルが言い、ああ、と私は手を打った。

「えっ! あれ、王太子殿下だったんですか!? 私すごく失礼なことしちゃったかも」
「ルネは失礼じゃないよ」

 お兄様はニッコリ笑うが、目は怒っている。

「どうやら、ルネが我が家の養女であることを突き止めてやってきたのだ。どうしても会わせてほしいと……。そういうことには知恵が回る」

 お父様は苦虫をかみつぶしたような顔をする。

「でも、だって、私は平民で、孤児で、キツネ耳がついてるって……説明しました?」
「すべて説明した。病弱で部屋から出られないとも言った。しかし、諦めてくださらない。お前と会うまで帰らないとごねていらっしゃる」

 私は開いた口が広がらない。

「うわー……。やばー……」

 バルが代わりに、驚きの声を上げる。

「やっぱり私は反対です。ルネを『買う』と言ったんですよ、あの馬鹿は」

 お兄様、王太子に向かって馬鹿とか言っちゃってるし。

「馬鹿などと言えば、不敬に当たる。まだ見識が狭く、年の割に幼いようではあるが」

 お父様も無表情のまま、辛辣な言葉を吐いた。

「だからこそ、早めに追い出したいとも思うのだ。いつまでも居座られ、国王が出てきたら面倒なことになる。本当に申し訳ない。少しだけ、顔を出してはもらえないか」

 お父様の言葉に私は頭を抱えた。
 しかし、断れる状況ではない。
 王太子の命令なのだ。

「……わかりました……」

 死んだ魚のような目で、私は答えた。



*****

 そして、晩餐会である。

 私はお父様に抱かれて、晩餐会に向かっている。
 美しい紫色のドレスは、ルナール侯爵家らしい。銀のレースが月光のように輝いている。

 あまりに綺麗に飾り立てられ、私は不安に駆られていた。

 お父様は私を売り渡すつもりじゃないかしら? 早く帰って欲しいって言っていたし……。それが一番手っ取り早いもの。

 暗い顔で俯く。

「似合っているよ、ルネ」

 リアムが甘い声で誉めてくれる。
 私は嬉しくてピコピコと耳が動く。尻尾もユラユラ揺れてしまう。

「ありがとう。お兄様。お兄様も素敵」

 リアムも私とおそろいの生地のスーツに身を包んでいる。

 お母様は私とリアムを見てご機嫌だ。

「やっぱり、可愛いわ。ふたりが並ぶと、とっても素敵。あつらえておいて良かったわ」

 お母様が用意してくれた物だと聞き、少しホッとした。

 バルは部屋に残されている。
 しかたがない。万が一にも、異母弟だとバレてしまったら大問題だからだ。
 死んだはずの婚外子が生きていることを皇后が知ったら、また、暗殺者を仕向けるだろう。
 それに、秘密で育てていたのがルナール侯爵家だとわかったら、皇后との間に確執が生まれる。

 お父様は、いずれバルと国王を合わせたいと考えている。
 しかし、今はまだその時期ではないのだ。


 晩餐会が始まった。
 私はリアムの膝の上にいる。
 マナーもへったくれもない状況である。

 遅れてやってきたヘズルが、その状況を見てパァァァと表情明るくした。
 フードを取ったヘズルは、薄い金色の髪に琥珀色の瞳を持つ美しい少年だった。
 しかし、バルと比べてみると、その黄金の輝きは精彩を欠いて見えた。

「侯爵の嘘かと思っていたが、本当なのか!! おい! 女! なんだその耳! 尻尾もあるのか! 触らせろ!!」

 私は慌てて自分の尻尾を抱きしめた。
 大事な大事な尻尾だ。
 お兄様以外に触らせる気はない。

「おかけになってください。王太子殿下」

 お父様がいつもどおりの無表情で言葉を遮る。
 国王の忠臣である、ルナール侯爵の威厳の前に、ヘズルはオズオズと従った。

「突然のご来訪のため、なにも準備はできていませんが、どうぞお召し上がりください」

 そう侯爵が言い、食事がはじまる。
 
 見事なまでに、ヘズルの苦手なキノコ料理がそろっている。
 私は前世で王太子妃だったので、彼の嫌いなものは熟知していた。

 お父様は知っていてこの料理なのかしら?

 私は不思議に思う。

「お父様、このキノコ、美味しいですね」

 私が言うと、お父様は満足げに笑った。

「さすが、ルネはよくわかっている。これは珍しいキノコで、ブタでないと探せないのだ。王太子殿下も、ぜひ、ご笑味ください」

 圧のある笑顔でそう言われ、ヘズルはウウと唸る。

「そ、そんなことよりも、そのキツネ女に挨拶をさせろ!」

 ヘズルが言う。

 お母様がにこやかに微笑んだ。

「王太子殿下の教育係はいったいなにをしていたのでしょう? 淑女に対してその言葉使いとは。王妃様も心を痛めておいででしょうね」

 ヒョウ、と冷たい風が吹いた。

 王太子はグッと唇を噛む。

「……そこにおいでの美しい令嬢は、ルナール侯爵家のご息女だと聞いている。名前を伺ってもよろしいか」

 ヘズルは絞り出すようにそう言って、お父様を見た。
 
 お父様は鷹揚に頷いた。

「この子は、ルネ・ルナール。我が侯爵家の養女です。平民で孤児だった子供です。失礼は大目に見ていただきたく存じます」
「ああ、わかった。失礼は大目に見てやるから、ルネ、俺の物になれ」

 いきなりの言い草に、お母様がフォークを落とす。

 まったく前世と同じセリフに、私は驚き、耳を倒してリアムにギュッとすがりついた。

「王太子殿下、ご冗談が過ぎます。ルネは我が侯爵家の娘、物のように扱われては困ります」

 リアムがギロリと睨む。どす黒いオーラが背中に漂っている。
 ヒュッと王太子が息を飲んだ。

「あ、いや、言い方が、悪かった。ほら、でも、こんなに美しいご令嬢だ。こんな田舎でくすぶっているのはもったいない。平民出身で、獣の耳があるんだ。どうせまともな結婚などできないだろう。だったら、俺の後宮にくれば贅沢な暮らしができるぞ!」

 まるで悪いことを言っているつもりはないようすで、王太子は嬉々として提案する。

「そもそも、ルナール家からは王妃を取らない約束になっているからな。側妃くらいなら父上もお許しになるだろう。側妃でもその辺の貴族の妾になるよりはずっといい」

 しかし、言葉を重ねれば重ねるほど、部屋の空気は険悪になる。

「ルネを妾だなんて……」

 お母様は顔を真っ青にして今にも倒れそうだ。

「だって、それはそうだろう? 卑しい身分で貴族の本妻など、烏滸がましいというものだ」

 ヘズルが同意を求めるように笑ったが、部屋の中はシーンと静まりかえっている。
 そこでようやくヘズルは失言に気がついた。

「あ、いや、悪い意味では……」

 ハハハとごまかし笑いをしながら、周りを見渡す。
 きっと彼は『光栄です』と返事が来ると思っていたのだろう。きっと、他の貴族であれば、王太子の側妃の話を断ったりはしないからだ。

 しかし相手が悪かった。