【web版】転生もふもふ令嬢のまったり領地改革記 ークールなお義兄様とあまあまスローライフを楽しんでいますー

 ドラゴンの洞窟を出た後、私は闇と契約したせいで気を失い、自室で眠りについていた。
 
 そんな私は、悪夢に引きずり込まれていた。

 夢の中の私は、当時の闇の精霊の契約者の中にいた。
 今の私と同じようにエクリプスの剣を付けている。

 目の前には、当時の王太子がいた。夢だからだろう、一目見ただけでだれかわかった。

 光り輝く黄金の髪。燦然たる瞳の男。

 それなのに、王太子には光の精霊の気配がない。
 闇は、光りに焦がれている。
 だから、闇は彼の中に光りがないことに失望していた。

(上っ面だけの光りだ。コイツには光の欠片すら残ってない)

 ノートの声が頭に響く。ただただ、悲しい、そんな声だ。

 王太子が言う。

「彼女を王妃に迎えようと思う」

 その声とともに現れたのは、暗い顔をした私の婚約者だった。
 ルネと同じ、銀の髪だ。

「ごめんなさい」

 彼女は泣く。

「彼女は私の婚約者です」

 私の体が答える。

「だからだよ」

 王太子は笑った。
 光りの欠片もなく笑った。

(もう、ここには光はいない。私の光、私の光!)

 ノートが半狂乱になる。

「お前が見初めたんだ。きっと、いい女だろう? 俺はお前を信じてる。俺の闇、俺の片割れ、ガーランドの影よ。今度もわかってくれるだろう? お前達ルナールの忠誠を信じているよ」

 ブワリと私の中で闇が膨れ上がるのがわかる。
 
 許せない。

 闇が体から漏れ出してくる。

「彼女のご両親からは許可を取った。王家の権限で今日にも婚約破棄となるだろう」

 王太子は笑い、彼女はさめざめと泣いた。

 許せない。

 闇を押さえようと、呻きながら自分自身を抱きしめた。

 私の婚約者は、泣きながら唇だけで『許して』と言った。

(許しちゃいけない。許すべきじゃない。あいつらはもう、光じゃない!!)

 ノートの怒りが、私の中で爆発した。

 気がついたときには、私はエクリプスの剣を抜いていた。

(殺してしまえ、殺してしまえ、すべて殺してしまえ! 光がいない世界なんていらない。光がいないなら、ガーランドの影になる必要はない!)

 剣を振るい、王太子を追い詰め、あと一歩で命が奪える、その瞬間。

 王宮の聖騎士たちに取り押さえられた。聖騎士だけではない。魔法が使える者すべてが、私を取り囲んでいた。
 王宮の最大戦力を持って、取り押さえられたのだ。

 腰が抜けたように地面に転がった王太子は、もう黄金の髪ではなかった。
 
「どうして、ルナールは闇と契約できる? どうして、ガーランドは光になれない? どうしていつもお前だけ選ばれるんだ……彼女も……精霊も……」

 呟く王太子の髪は色あせ、瞳の色は輝きを失っていた。

「乱心だ! ルナール侯爵が乱心した!!」

 私を取り押さえる聖騎士達が声を張り上げていた。
 婚約者はその場で泣き崩れていた。

 ルナール侯爵家は、王国への忠誠心を示すため、今後は闇の精霊との契約をしないと誓い、契約の場である洞窟の魔法陣の上で私を殺した。

 私の命がつきると同時にノートは解放されたが、洞窟の出入り口はすでに、光の魔法の魔鉱石で作られた王笏によって封印されていた。

 そして、二度と闇の精霊を目覚めさせぬようにと、王国でノートの名は禁忌とされたのだ。
 精霊は、信仰心が弱まれば力を弱める。
 存在を忘れられ、名前を呼ばれなければ、いずれ消えゆくのだ。

 ノートは泣いた。

(光がいない、光がいない、私の光、私の光)

 日々弱まっていく魔力の中で、泣き続けた。

 しかし、そんな中、遂に封印が解かれたのだ。

 洞窟の中を、歩いてくる自分の姿に、ノートが喜ぶのがわかる。
 
(ルナールの後継者。私の器)
 
 そして、そんな私とともに来た、光る尻尾で行き先を照らすルネを見て、ノートは狂喜した。

(光! ルナールの光! 私の光!! 今度こそ!!)
 
 そこで私は目が覚めた。
 寝汗をびっしょりとかいている。

 はーはーと息を吐く。

 だから、闇の精霊は封印されたのか……。
 光の精霊と契約できる者がいない今、闇の精霊の契約者は王国にとって脅威だから。

 気がついてゾッとする。

「ライネケ様が『封印が開かれたことを王家に知られるとやっかいだ』と言っていたけれど、こういう意味か……」
 
 このことは、誰にも知られてはいけない。父上にも母上にも。知られたら、私は夢の中の侯爵のように殺されるだろう。
 そして、謀反人の領地として、今度こそルナール領を攻めるだろう。

「ライネケ様の言葉に従って、目くらましの魔法をかけて良かった……」

 ホッとしつつも、その秘密の重さに苦しくなる。

 誰にも頼れない……。

 そう思った瞬間、ポッと灯が点るようにルネの顔を思い出した。

 ああ、そうだ、ルネも知っている。私が闇と契約をしたことを、ルネだけが知っている。

「朝になったら、ルネに口止めをしないと」

 そう呟いて、恋しくなる。

「朝じゃなくて、今、ルネに会いたいな……」

 安全であることをたしかめたい。
 傷付けていないかたしかめたい。
 
 寝間着を着替え、窓を見た。
 ガラスには、夜闇に溶けそうな自分が映っている。
 窓の外には白金の月が煌々と輝いていた。

「ルネ」

 名を呼べば、キュッと胸が痛くなる。
 
 エクリプスの剣がウォンと唸った。

 あの夢のようになりたくない。

 腹の奥がザワザワと蠢いている。

 洞窟の中で見せられた未来が、ただの幻影には思えなかった。

 私はただの義兄でしかない。綺麗になっていくルネを、ただ見守るしかできない。

「アカデミーになんていれてはいけない。社交界になんて出すものか」

 闇の中で思わず呟く。
 そして、ハッとする。

「闇に飲まれそうになっていた……」

 きっと、闇と契約すると言うことはこういうことなのだ。
 自身の闇を制御できなければ、乱心する。

 エクリプスの剣を睨むと、剣は静かになった。