「おーい! 誰かいるかー!」

 バルの声に、私は応える。

「バルー!! ここよ! お兄様も私も無事よ!!」
「良かった!! すぐ行くぞ!! 待ってろ!!」

 逆光の中でバルは手を振った。
 私たちは眩しくて目を眇める。

(……光り)

 ドラゴンが呟いた。

 私は意味がわからずに首を傾げる。

 テオが魔法で洞窟の側面に簡単な階段を作り出す。
 どうやら、天井もテオ達が開けてくれたようだ。

 テオの階段を使って、バルが駆けおりてきた。
 なぜかギヨタンも一緒である。
 テオは魔力を使いすぎたのか、フラフラとしながら階段を降りてきた。
 一番最後を悠々とライネケ様が降りてきた。

 バルはドラゴンを見て一瞬怯んだ。
 そのすきに、ギヨタンがバルを追い越し、一直線にドラゴンに向かう。

「はわぁぁぁぁ! 本物の! ドラゴン!! 生きてる! ドラゴン!!」

 大興奮のギヨタンにドラゴンはドン引きである。

(なんだ? この人間は、大丈夫か?)
「お医者さまとしては、王国一の方です」

 私が答える。

「ルネ様はドラゴンとお話もできるのですか? 最高ですか? 最高ですね? そのかわいいお耳はかわいいだけではないんですね!?」

 ギヨタンが飛びかからん勢いで私に近づく。
 リアムがそれを払った。

「なんで、ギヨタン先生までここへ?」

 忌々しそうにリアムが尋ねる。

「テオが魔力増幅の薬と、回復薬が必要だと言うから、理由を聞いたらこれですよ。禁制の増幅剤を使わせてくれってきかなくて」
「禁制の増幅剤を使ったんですか!? あれは、命の先借りだってきいてます!」

 私がテオを見ると、テオは気まずそうに俯いた。

「ルネ様が危険だと……。侯爵様もお許しになりました」

 私は頭を抱えてため息をつく。

「ギヨタン先生も、お父様も、なんで止めないんですか」
「心配だったからに決まっているでしょう?」

 ギヨタンは真面目な顔をしてリアムと私を睨んだ。

「……心配?」
「そうです。たしかにルネ様は特別です。リアム様もお強い。ライネケ様が一緒なら心配ない、そうかもしれません。でも、あなたたちはまだ子供です。怪我をしたらどうするんですか」

 至極真っ当なことをギヨタンが言い出して、私は面食らった。

「特製の回復薬を持ってきましたよ。それと、テオに当分魔力を使わせたらダメです。あれは副作用が激しいんです」

 ギヨタンがプンプンと怒りながら説明する。

 後ろでテオは気まずそうだ。

「テオ先生……なんでそこまで……」
「ルネ様……。あなたはお気づきではないかもしれませんが、たくさんの人たちがあなたを大切に思っています。私も、ギヨタン先生も、ただただ時間を浪費するだけの修道院の生活に絶望していました。そこに、ルネ様が希望をくださった……だから、あなたのためなら命の前借りくらいなんでもないんです」

 テオは俯いたままモジモジと答えた。
 ギヨタンが続ける。

「私だってルネ様のためならなんでもしますよ! だから、頼りないかもしれませんが、もっと、大人を頼ってください」

 フンスと怒りながら言い切るギヨタンに、私の心は打たれた。
 
「ありがとうございます。ギヨタン先生」

 私はウルウルとしながら、素直に頭をさげる。ピョンと尻尾が高く上がった。

「ぴゃぁぁぁ! きゃわわ! では、おしっぽ、光ってるおしっぽ、触ってもいいですか?」
「ダメです」

 興奮するギヨタンを、私はピシャリと窘める。
 
「そんな、はっきりと」
「それより、ギヨタン先生、ドラゴンがクル病みたいなんです。診ていただけますか?」
「はいはいはい! ぜひぜひぜひ! 一度ドラゴンを診てみたかったんです」

 そう言うと、ギヨタンは躊躇なくドラゴンの曲がった足を触り出す。
 ドラゴンは嫌そうだ。

(おい、勝手に触るな)

 ライネケ様がドラゴンの横にやってきて、ポンと足を叩いた。

「この人間は安心だ」
(ライネケ……)

 ドラゴンがため息をつく。

「久しぶりだな。酒はどうだった」
(嫌みなやつめ。あれは苦い)
「だが、ドラゴンには一番利くだろう」
(ああ、リンドウは竜の胆(きも)だからな)

 ふたりはそう言ってクククと笑いあった。
 私はその様子を見てホッとする。
 きっとふたりは旧知の仲なのだ。

「ルネ様の見立てどおり、クル病っぽいですね。まずは日光浴と、栄養不足もあるから、動けないうちは食事を用意して……。カルシウムは……」

 ギヨタンは嬉々として今後の治療計画を立てる。

「ルネ様、このドラゴンは肉食なんですか?」
「ドラゴンさんは肉食ですか?」
(雑食だ)
「雑食だそうです」

 ドラゴンの答えを、ギヨタンに伝える。

(人間だって喰える)

 ドラゴンは威嚇するようにギヨタンに向かって大きく口を開けた。

「口の中もメンテナンスしたほうが良さそうですねー」

 ギヨタンはそう言って、ドラゴンの牙を触った。

(大丈夫か、この人間……。危機感はあるのか?)

 ドラゴンは嫌そうな顔をする。

「大丈夫、だと思います」

 私は笑った。
 ライネケ様も笑う。
 ドラゴンは諦めたようにため息をつく。

(なにやら、お前達には世話になりそうだな。天井を開けてもらい、治療までしてくれるのだろう? なにか御礼をしなくてはいけないな。……そうだ、私の血をやろう。それなら、誰にもバレずに人を殺せるぞ?)

 ドラゴンが言ってゾッとする。

「そんなのいりません! 代わりにドラゴンさんの脱皮した鱗をもらっても良いですか?」
(いいぞ、今の儂では食べきれぬまま腐らせてしまうからな)

 ドラゴンの許可を得て、私は喜んだ。

「お兄様! ドラゴンさんが脱皮した皮をくれるそうです!」
「ありがとうございます」

 リアムは礼を言い、騎士たちに回収の指示を出している。

 私たちは、ドラゴンに今後の治療を約束し、脱皮した皮を回収し洞窟を出た。

 洞窟の出口で、ライネケ様はニンマリと笑った。

「闇の精霊王を手に入れたか、リアム」

 リアムは無言で剣に触れる。

「気を付けろ。闇の精霊の力は諸刃の(つるぎ)だ」

 リアムは静かに頷いた。

「この封印が開かれたこと、王家に知られるとやっかいだ」

 ライネケ様は真面目な顔をしてリアムを見た。

「きっと、封印が揺らいだことは王家にも気付かれているでしょう。なので、弱った封印をかけ直したと報告をします。そのうえで、目くらましの魔法をかけます」

 リアムはそういうとエクリプスの剣を抜き、地面に魔法陣を描く。

「これで、王家の探知魔法にはわからなくなりました」

 ライネケ様は鼻を鳴らした。

「お前も悪い男だな」

 リアムは静かにニコリと笑った。