「うわ!」

 剣を突きつけられたバルトルが私の手を離し、のけぞる。
 私は背中に殺気を感じ、恐る恐る振り返る。
 すると、そこには無表情のまま、バルトルに剣を突きつけるリアムがいた。

 うそっ! お兄様!? なんで? いくら、王の密命を受ける一族だとしても、ライネケ様の耳でも、気配がわからないないなんてことある!?

 私は驚き、言葉も出ない。

「私の妹に手を出すな」

 リアムはそう言うと、バルトルの喉元に剣の切っ先を押しつけた。
 白い喉元に切っ先があたり、今にも切れてしまいそうだ。

「お兄様! やめて!! そんなんじゃないよ」

 私は振り向き、リアムの腰にすがりついた。

「ならなんだ」
「私が筋肉を珍しがったから、見せてくれただけなの!」
「筋肉が珍しい? だったら、私の筋肉をいくらでも触れば良い。私のほうがすごい」

 は? この緊迫の状況でお兄様はなにを言っているの??

 リアムが真面目な顔をしてそう言って、私は一瞬ポカンとする。
 すぐに我に返り、ブンブンと頭を振る。

「とりあえず、剣をおろして? お兄様の筋肉はあとでじっくり見せてもらいますから」

 答えてから、少し変態臭がするなと感じつつ、気がつかないふりをする。
 すると、リアムは満足げに頷くと、剣をおろした。

 バルトルはビックリしたまま硬直している。

「それで、この男はなんだ」

 リアムは攻撃的な口調で、バルトルを睨んだ。
 相手が平民だからだろうか。言葉が乱暴になっている。

 私は、リアムに足輪をわたし、これまでの経緯を説明した。
 リアムはそれを聞き、小さくため息をついた。

「ルネ、こういう危険なことはひとりでしないで。心配するよ」
「……はい」
「これからは必ず、私に相談すること」
「はい。ごめんなさい」
「でも、ルネの優しさは良いところだね」

 お兄様は私を抱き上げ、ヨシヨシと頭を撫でた。
 私はリアムに誉められて、嬉しくなりニッコリと微笑む。
 思わず尻尾がリアムにギュッと巻き付いた。

「っう」

 リアムが小さく呟きよろめく。心なしか頬まで赤い。

「あ、お兄様ごめんなさい。苦しかったですか?」
「いや、苦しくない。そのままで」
「でも、」

 ヘニョンと耳を倒して尋ねると、リアムはさらに頬を赤くして答えた。

「そのままのほうが安定するだろう?」

 やっぱり、苦しそうなんだけど……。でも、お兄様がそういうなら良いのよね。

 あまりは食い下がっても良くないと思い、私は口を閉じた。

「俺はなにを見せられてるんだ……?」

 バルトルが呟くと、リアムは彼をジッと見つめた。
 バルトルは気まずそうに目を泳がせる。

「あの、俺、お前に迷惑かける気ないし、これだけもらったらすぐ出てくし……。だから見逃してください!」

 バルトルはガバリと頭を下げた。
 
「黄金の瞳……」

 リアムは小さく呟くと、大きくため息をついた。

「あなたはお母様から、お父様についてなにも聞いていないのですか?」
 
 私は突然丁寧な口調になったリアムを不審に思う。
 ルナール侯爵家は、古くから王の密命を受ける一族だ。リアムにはなにか心当たりがあるのだろう。

 バルトルは眉間に皺を寄せ、リアムを見た。

「俺が修道院に着く前に殺されそうになったのは、ソイツのせいなのか?」

 バルトルは固い声で答えた。

 リアムはマジマジとバルトルを見た。なにか見定めるかのような視線に、バルトルは目を逸らさずに対峙した。

「あなたは私の家門で保護する必要がありそうです」

「……え?」

 バルトルが不思議そうにリアムを見つめた。

「あなたは、修道院に着く前に死んだことにします」

 リアムはそう言うと、バルトルが嵌めていた足輪を、地面に落とし踏みつける。

「その足輪の中心に、転がっている木の実を埋めてください」

 バルトルは、助けを求めるように私を見た。

「大丈夫だよ! お兄様は優しくて賢いの。きっと、悪いことにはならないわ!」

 私が答えると、リアムは嬉しそうに微笑んだ。

「……え、そんなふうに笑うんだ……?」
「早くしてください」

 呆気にとられたバルトルに、リアムは冷たく言う。

 バルトルは慌ててリアムの指示に従った。
 足輪の中に木の実を置く。するとすぐに芽が生え、伸び出した。

 不思議……。魔法なのかな?

 私は思わず凝視した。

「ではいきましょう」

 リアムは私を抱いたまま、屋敷へと向かった。

 そうして、私を玄関におろすと、バルトルを連れて侯爵のもとへ行ってしまった。

 少し淋しいな……。

 私は思いながらも、しかたがないと思う。私はルナールの血筋ではない。ルナール家が王の密命を受けていたことも、断罪されて初めて知ったのだ。
 きっと、私には話せないことがあるのだ。知らないほうが良いことも。


 そして、翌日からバルトルは、ルナールの遠縁の子として、屋敷の中に住むことになった。
 髪染めで髪の色をオレンジに染めたバルトルは、バルと呼ばれるようになった。
 
「内緒なんだけどさ」

 バルは私のキツネ耳にそっと唇を近づけた。

「俺のとうさん、国王様なんだって」
「っ!?」

 私は驚きのあまり声が出そうになり、慌てて両手で口を押さえた。

 ってことは、前世で革命軍のリーダーだった義足の王子ってこと!?
 そうか、前世では違う人に助けられ、足を切断するしかなかったんだ。
 えっと、待って? これってどういうこと? 革命はもう起こらないの? 
 
 無知な私にはよくわからない。
 動揺している私に気がつかず、バルは続ける。

「で、王妃様が俺の命を狙ってるから、修道院に保護される予定だったんだって。でも、保護される直前に、王妃様の配下に見つかっちゃったらしい」
「……それでお母さんが……」

 王妃の配下に見つかって、バルのお母さんは殺されたのだろう。そして、護送中の馬車も襲われたのだ。

「で、今のままじゃ危険だからって、一旦俺は死んだことにして、侯爵が匿ってくれるんだって」

 バルの説明を聞き、私は納得する。

 きっと、お兄様はバルの存在を聞いていたのだ。王妃の悪意に気がつき、機転を利かせ、保護することにしたのだろう。

 バルはそこまで話して、耳から口元を離した。
 そして、私を正面から見つめる。

「あのさ、俺、ルネに言われて思ったんだ」
「?」

 私は小首をかしげる。

「俺のかあさんは『自分の命を引き換えに、あなたに生きてほしかった』って言っただろ? だからさ、俺、天国から見てる母さんが、助けてよかったって安心できるように生きなきゃって」

 バルの黄金の瞳はキラキラと輝いていた。

「そうだね」
「いっぱい勉強して、いっぱい鍛錬して、……それで、その……」

 バルが言いよどむ。

「?」

 私は不思議に思ってバルを見つめた。

「あの、その、大人になったら……ほら……」
「ん?」
「約束……しただろ? 俺」
「約束?」
「体で恩を返すって!!」

 バルが大声で叫んだ瞬間、私はひょいと宙に浮かんだ。
 ビックリして振り返ると、お兄様が私を抱えている。

「お兄様!」
「だれが、体で恩を返すのですか?」

 リアムは宵闇色の瞳で、バルを見おろしていた。
 バルはブルッと震え上がる。

「あのとき約束したんです! ルナール領で困ったことがあったら力仕事で恩返ししてね、って」

 私が答えると、リアムはニコリと笑ってキツネ耳に頬を擦りつけた。

「そうか、そういう意味だったんだね。ルネは良い約束をしたね。バルには大きくなったら、しっかり働いてもらおうね」
「お兄様ぁ、くすぐったぁい」

 私がキャッキャと喜ぶと、バルはケッと悪態をつく。

「なんだよ……、『誰にも愛されない』って嘘じゃん。思いっきり愛されてるじゃん」

 リアムは、フンと鼻を鳴らしてバルを見た。

「……と言うわけですので、バル。余計なことは考えないように」

 リアムが言って、私は小首をかしげた。

「余計なこと……?」
「ルネは気にしなくて良いんだよ」

 リアムはそう微笑むと、もう一度私に頬を擦り付けた。