子供はビクリと体を震わせ、動きを止めた。

「私、両親に捨てられたの。モンスターの前で見捨てられた」

 金の髪の子供は、ゴクリと息を呑んだ。そして私をマジマジと見る。

「でも、あなたのお母さんはあなたを庇ったんでしょ? 自分の命を引き換えに、あなたに生きてほしかったんでしょ!?」

 子供はハッとしたように、息を止めた。金の瞳が、動揺で揺れている。

「……かあさんは、俺に生きてほしかった……?」
「そうよ! それなのに、生まれなければ良かっただなんて、お母さんが可哀想よ」

 シンと森の中が静まりかえった。

 私は、沸々と怒りが湧いてきた。

「私は捨てられた。親からいらないって捨てられた。私こそ生まれなきゃよかったんだわ!」

 私が生まれなければ、侯爵家の養女にならなければ、侯爵も殺されずにすんだ。
 私が生まれてきたせいで、みんな不幸になった。
 ぜんぶ、ぜんぶ、私のせいだ。

 感情の関が決壊し、涙が溢れる。胸の奥に秘めていた思いがぐちゃぐちゃに暴れ出す。

「私さえいなければ! 私なんて死んでれば!!」

 そうわめいてハッとする。
 キツネが怯えた顔で私を見上げている。

「そうか……私が死んでしまえば……」

 王太子に見初められることもなく、お父様もリアムも死なない。ルナール領は奪われることもない。

「そうか……」

 私が呟いた瞬間、子供が木の枝を投げ捨てた。
 そして、ずりばいで私に近寄り、ギュッと抱きしめた。

「馬鹿なこと、言うな!」
「……だって、あなたはお母さんに愛されてるじゃない……」

 小さな胸に抱かれて、私は鼻をすする。

「あなたは命をかけて愛されてるじゃない!! それなのに、生きてる意味がないんでしょ? 親に捨てられた私なんか、もっと生きてる意味がないじゃない! 誰にも愛されない私なんて……!」

 声をあげて私は泣いた。

 私には一生手に入らない愛情だ。
 父は弟だけを可愛がり、自分に似ていない私を疎んだ。
 母と弟は、父の逆鱗に触れまいと私から距離を取った。私も、二人に迷惑がかけられないと甘えることはできなかった。

 侯爵家の人々は私を大事にしてくれるけど、前世ではルル様の代わりにされていただけだった。
 今は、精霊ライネケ様の使いだからだ。
 
 無条件に愛してくれるはずの両親は、私を捨てた。そんな私が他の誰に愛されるというのだろう。

 リアムの微笑みが頭を過る。唯一心から安心して甘えられるのはリアムだけだ。

 ありのままでいて、とお兄様は言ってくれたけど……。それは嬉しかったけど……。お兄様が優しくしてくれるのも、私がルルに似ていて、ライネケ様の使いだからよ……。きっと。

 そう思ったらギュッと心臓が痛くなった。

「ごめん! 俺が悪かった! 泣き止め! な? 俺も死ぬなんて言わない! だからお前も死ぬなんて言うな!!」

 男の子は、ワシワシと私の頭を撫でた。
 少し乱暴だが、温かい手が気持ち良い。
 動物たちもよってきて、慰めるように体を擦りつける。

「……本当に?」
「本当だ。だから、な? それに、誰にも愛されないなんて言うなよ……。まだわからないだろ。今から出会うかもしれねーじゃん?」

 私はスンと鼻をすすった。涙と鼻水で顔がグシャグシャだ。
 腹いせに、男の子の胸に顔を擦りつけ、涙と鼻水を拭う。

「っ! お前……っ! 鼻水付けるな!!」

 男の子はイラッとしたように声をあげた。

 私は顔を上げ、テヘと微笑む。

「ごめんなさい。かわりに治療するから許して?」

 小首をかしげて、狐耳を動かせば、男の子はウッと顔を赤らめ言葉を詰まらせた。

「……しょうがねぇな。お前みたいなちびっ子に治療なんてできるのか?」

 私はその言葉を無視して、男の子の腕から離れる。
 すると、そばにいたキツネが、大きなキュウリのような果実を落とし、ふたつに割り、私に手渡した。

 果実はスポンジのようで、中に水を含んでいる。
 キュッとつまむと、綺麗な水が零れた。

「これで、血を流せるわね」

 私が言うと、男の子はキラキラとした顔で私を見た。

「……もしかして、お前って、森の妖精?」

 紅潮した顔にギョッとして、私は否定する。

「違うわ! 違うの! えーっと、私は色々あって、精霊様から狐の耳と尻尾をもらったの」

 そう言って、尻尾を振り、耳を動かしてみせる。

「こんな姿だけど、ただの人間! 妖精だったら捨てられたりしないでしょ?」

 私がそういうと、男の子は気まずそうに目を逸らした。

「……ごめん、その」

 きっと、この姿のせいで親から捨てられたと思ったにちがいない。

「尻尾のことなら気にしないで。これのおかげで今は新しい家族と暮らせることになったから。それに、私、気に入ってるの! 可愛いでしょ?」

 そう微笑めば、男の子はホッとしたように息を吐いた。

「可愛いけどさ、自分で言うか?」

 そう言って笑う。
 根は優しい子なのだろう。

「ほら、足をみせて」

 私の言葉に子供はオズオズと足輪のついた足を伸ばした。

 血まみれになった足輪に手を伸ばす。
 足輪には、八桁のダイヤルがついており、番号を揃えることで開くようだ。

「っつ!」

 男の子は痛みで身じろいだ。

「ライネケ様、ライネケ様! 声が聞こえますか? お願いです! 助けてください!!」

<こんな臭いところに我が輩を呼ぶな!>

 ライネケ様は鼻声で怒っている。
 そして、私を後ろから抱き込むと、私の頭に口を付けスーハースーハーと呼吸をした。

「すみません。でも、この鍵を開けたくて……。開けられますよね?」
<ふん! このくらい簡単だ! ガーランドの暗号など我が輩には無意味>

 ライネケ様が言うと、私が触れた部分から勝手にダイヤルが回り出し、数字がそろっていく。
 カチリと音が鳴り、足輪が外れた。同時に、内側のトゲも中に引き込まれる。

<果実の水で足を洗ったら、毒を吸い出せ。その毒は、体内に入らなければ効果はないから大丈夫だ。そして、ヨモギを傷口に巻くのだ。いいか、我が輩はもう行くぞ!>

 ライネケ様はプリプリと怒りつつも、適切な指示を出してから消えた。

 なんだかんだいっても、ライネケ様は面倒見が良いのよね。

 私は微笑ましく思いながら、ライネケ様の指示に従った。