目覚めない夫を前に泣き腫らして、悲劇のヒロインを気取る暇なんてなかった。


「間一髪だった、のか……」

 本来なら目の前の瓦礫の中に、夫は埋もれているはずだった。
 でも今は、こうして私と手をつなぎ、雨に打たれつつもしっかりと自分の足で立っていて。

 そう、これで未来は変わったのだ。
 『時戻りの実』によって、私たちは不運を回避することができたのだ。
 
「危なかったな……。君がいち早く察知して、連れ出してくれたおかげだな。ありがとう、リタ」

 カミルは安堵の吐息をついて、私に言う。
 元気な夫を再び目にして、自然と涙があふれてきた。
 泣き顔を見られないように、私は夫に抱きついて顔を隠す。
 それと、彼は勘違いしている。助かったのは、私のおかげなんかじゃない。

「あなたのおかげです……! あなたが、私をここに送ってくれたから……!」

 強く強く、彼を抱きしめる。

「お、おい、リタ。どうしたんだ……大丈夫か?」

 そして、カミルは、私の夫は──少し戸惑いながら、それでも何かを察したように──八年後と変わらない仕草で、私の頭をなでてくれたのだった。


<fin.>