「ちっ。無駄な足掻きをするね。つがいを傷付けたんだ。万死に値する。ここで殺してやるのが優しさと言うものだろう? 違うかい?」

 オデルが誰に喋りかけているのか分からずシルディアは困惑を隠せない。
 意識のない男にシルディアは目を向ける。

(あの男は『無駄な足掻き』って言われるようなことしてないわ。なのにどうして攻撃をしたの? もしかして『無駄な足掻き』って、賊に対する言葉じゃなかったり……?)

 誰かに語りかけるような言葉。それは賊に対するものではなく。
 その上、オデルはいきなり雰囲気がガラリと変わった。
 冷え切った赤い瞳は、普段シルディアを見つめる優しい瞳ではない。
 例えるなら蛇のようにとぐろを巻いた重く、どす黒い執着だ。

(そうよ、この目。わたしは知ってる)

 謁見の間で首筋を噛まれた時に一度だけ見た――

「オデルじゃない。……あなたは誰?」
「ふっ。あはは。君は思っていた以上に聡いね。今気が付くんだ」
「初代竜の王」

 ピクリとオデルの顔が引き攣った。
 シルディアは予想が当たったと口角を上げた。

「あら。意外とあなたは顔に出やすいのね?」
「こういう状況に陥ったら、普通驚いたりしない?」
「お生憎様。わたしはそんな――」
「ほら、言ったじゃないですか! 竜の王は例外なく初代に乗っ取られると……!!」

 シルディアの言葉を遮り、意識を取り戻した男が叫んだ。
 余計なことをするなとシルディアが睨めば、ヴィーニャが男を取り押さえる。
 しかし面倒臭そうに一瞥した初代竜の王は、容赦なく魔法を使おうと片手を上げる。

(あぁもう! 黙っていればよかったのに! 口は禍の門だわ!)

 オデルの救った命を無駄に散らせるわけにはいかないと、シルディアは初代竜の王が無視できないであろう問いを投げかけた。

「オデルはどうしたの?」

 ピタリと動きの止まった初代竜の王に安堵しつつ、シルディアは答えを待つ。

「君を守れなかったと弱みを見せてくれたからね。体の主導権を握らせてもらった」
「そう。ならよかった。オデル自身が消滅したわけじゃないのね」
「――は?」

 シルディアは解けかかった縄を解き、彼の顔へ手を添える。
 驚いた顔をする初代竜の王へシルディアは挑戦的な笑みを向けた。

「まだオデルは生きてる」